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タイドグラフ

2020年11月26日 (木)

JR和歌山線-5 根来寺ー2

11月26日の誕生花  シャコバサボテン

花言葉:美しい眺め、もつれやすい恋

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根来寺ー2

広大な境内   伽藍配置図

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Negoroji


大塔(大毘廬遮那法界体性塔(だいびるしゃなほっかいたいしょうとう)(国宝) この塔は、真言密教の教義を形の上で示したものです。天文16年(1547年)に完成しました。明治32年に国宝に指定されている。本尊・胎蔵大日如来。高さ40m、幅15mの木造では日本最大の多宝塔。「多宝塔」とは二重塔で、初層の平面が方形、上層の塔身が円形に造られたものです。
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円筒形の塔身の周囲に平面方形の庇を付した、多宝塔本来の形式をとどめている。内部には12本の柱が円形に立ち、そのなかに四天柱が立っている。解体修理の際に部材から発見された墨書により、文明12(1480年)頃から建築が始まり、半世紀以上経た天文16年(1547年)頃に竣工したと考えられている。また、基部には秀吉に攻められた際の火縄銃の弾痕が残されている。
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大塔の軒と組み物の対称が非常に美しく感動しました。 
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大塔本尊   手印が定印なので宝冠釈迦如来です。

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大師堂  真言宗を開宗された弘法大師・空海像を本尊として祀っています。明徳2年(1391年)に建立され
た。豊臣秀吉の焼打ちからも残り、重要文化財に指定されています。

 

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大師堂  須弥壇に近い天井は繰上格天井になってます。
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奥の院  根來寺を開かれた「興教(こうぎょう)大師・
覚鑁(かくばん)上人」は 康治2年(1143年)12月12日に入滅された。 
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奥の御廟の円墳にお祀りされています。御廟の橋手前左右の墓地は歴代の座主、長老の墓所です。
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立派な御廟門 です。
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光明真言殿(光明殿) 重要文化財。本尊・興教大師。江戸時代後期の享和元年(1801年)建立。左右には歴代藩主・座主の位牌を始め信徒の位牌が祀られています。
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光明殿扁額は密厳堂と書かれています。密厳とは真言宗で云う大日如来がいる浄土の事だそうです
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         光明殿内陣
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内陣奥 須弥壇上のお厨子に宗祖興教大師覚鑁さんの尊像が祀られている
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紀州徳川家から拝領した自然の滝と池を取り入れた池泉式蓬莱庭園の池庭(江戸時代作庭)
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国の名勝に指定されています。 
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行者堂 重要文化財。本尊は役行者を祀り、仏法興隆のための行場となっています。
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       行者堂  須弥壇
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        本尊役行者坐像
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聖天堂 重要文化財。聖天池に浮かぶ堂で享保二十一年 (1736年) 建立。
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堂内 須弥壇奥のお厨子に本尊聖天尊を安置しています。この堂正面の朱塗の須弥壇が有名な「根来塗」で室町時代から伝わっています。
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平安時代開創の
聖天池、国の名勝に指定されている。 Photo_20200514135001  

聖天池の左奥に
土塀・山門が相当荒れた「九社明神本殿」が有ります。
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石段を上がれば広場になっていて3つの社九神様が祀られています。
 
丹生大明神(にう)・高野大明神(こうや)・伊太祁曽大明神(いたきそ)・御船三所大明神(みふねさんしょ) ・金折六所大明神(かなおりろくしょ)・金峯山金剛蔵王(きんぷせんこんごうざおう)・熊野三所権現(くまのさんしょごんげん) ・白山妙理権現 (はくさんみうりごんげん) ・牛頭天王八王子 (ごずてんのうはちおうじ)
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竜宮門式重層の鐘楼門で白袴の角張りの大きな楼門です。
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出典
外部リンク
ウィキペディア
新義真言宗 総本山根来寺公式ホームページ
近畿三十六不動尊霊場会 公式ホームページ

2020年11月19日 (木)

JR和歌山線-5 根来寺-1

11月19日の誕生花  アルストロメリア

花言葉:    持続、エキゾチック、援助

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根来寺 和歌山県岩出市根来2286 0736-62-1144
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覚鑁(かくばん)上人〔興教(こうぎょう)大師〕が大治元年(1126年)、この地に鎮守の祠(ほこら)と僧房を建てたのがはじまりと言われる。のちに、高野山内衆徒との教義上の対立などから高野山を下り、根来で新義真言宗総本山の基礎を築く。(高野山の方を古義真言宗という)室町時代末期には領地七十二万石、子院数3000を数え、「根来衆」は数万にも及び一大宗教都市を形成した。種子島から伝来したばかりの火縄銃が持ち込まれ、鉄砲隊を持つ雑賀の鉄砲隊と共に、織田信長と豊臣秀吉に抵抗を続け1585年、ついに豊臣秀吉による根来攻めが行われ、子院のほとんどを焼失。焼失をまぬがれた大塔(国宝)・大師堂(重要文化財)などを残して、壊滅状態に陥ってしまいます。江戸時代に入り、紀州徳川家の庇護を受けて、その一部が復興され、現在は葛城連峰の端「350万平方メートル」という広大な境内を有する大寺となっています。
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大門 根來一山の総門で嘉永3年(1850年)に再建されたもので、上層には釈迦三尊と十六羅漢像が安置されています。高さ16.88m 横幅17.63m 奥行6m
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左右に仁王像を配し、この寺にふさわしい大門です。
 
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大門をくぐると
不動明王が祀られています。
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大門から少し行くと左に「興教大師覚鑁上人」が国難を払うことを祈願して
根來寺の総鎮守社「三部権現 」を祀りました。
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次に茶毘所(菩提院)が有ります。康治2年(1143年)12月12日興教大師さまは御年49才で根來寺円明寺で入滅されましたが、そのご尊体を当所で荼毘(だび)に付したところです。現在は菩提院といわれています。
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春日明神 お寺には「鎮守さま」という、その土地と仏教を守護する日本古来の神様がおまつりされています。根來寺も創建にあたり、興教大師覚鑁上人が一千余社の神様を勧請し、根來寺を護っていただくようにお願いしました。その中で特に覚鑁上人と縁が深い神様が「春日明神」です。
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金比羅宮は 晴れた日に、和歌山市内や紀伊水道(和歌山と四国の間の海)が見え、四国香川県の金刀比羅宮を遙拝できる、高台にあります。
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不動堂  重要文化財 この不動堂は平面は正八角形で、外廻り柱は八角柱、内廻り柱は円柱、外陣は畳敷、内陣は床を一段高く構え板敷になっています。
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本尊は錐鑽不動(きりもみふどう)と通称される不動明王 脇侍は矜羯羅童子と制多迦童子。江戸時代末期の嘉永3年(1850年)建立。保延6年(1140年)に発生した錐もみの乱の際に覚鑁の命を身代りとなって助けた不動尊で「三国一のきりもみ不動」と呼ばれる。
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拝殿の両脇には文殊菩薩と愛染明王、本尊厨子の両脇には四大明王が祀られています。
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水子堂 この世に生をうける前に亡くなられた、お子様を供養するお堂です。
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大伝法堂(本堂)- 重要文化財。真言宗の最も大切な修法を伝える道場で「傳法大会」「傳法潅頂」など、僧侶が厳しい修行をする場所です。文政10年(1827年)に再建された。
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本尊は大日如来で、左脇に金剛薩埵、右脇に尊勝仏頂尊 この三尊の組み合わせは非常に珍しいです。
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高野山の大伝法院にすでにあったことが知られ、教義解釈による組み合わせではないかと云われています。造像後7~800年の間 三尊とも金箔、金泥がこれほど奇麗に残っているのは非常に珍しいようです。
左脇侍尊勝仏頂尊(そんしょうぶっちょう) (重文)。像高335cm、木造、室町時代。
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本尊大日如来坐像(だいにちにょらい) (重文)。像高350cm、木造、室町時代。
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右脇侍金剛薩埵尊(こんごうさった) (重文)。像高343cm、木造、室町時代。
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出典
外部リンク
ウィキペディア
新義真言宗 総本山根来寺公式ホームページ
近畿三十六不動尊霊場会 公式ホームページ

 

2020年11月12日 (木)

JR和歌山線ー4 粉河寺ー2

11月12日の誕生花         ガーベラ

花言葉:                  神秘、崇高美

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     粉河寺 その2
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天台宗系の粉河観音宗総本山。山号は風猛山(ふうもうざん、かざらぎさん)。本尊は千手千眼観世音菩薩。西国三十三所第3番札所。風猛山 粉河寺 (ふうもうざん こかわでら)は伝承によれば創建は宝亀元年(770年)、紀伊国那賀郡に住む 猟師大伴孔子古(おおとものくじこ)が地面に光を放っている場所を発見し、その場所に庵を建てた。そこへ千手観音の化身だった童行者が現れ、千手観音像を刻み立ち去ったという。
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 広い境内の中ほどに大きな中門がそびえています
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中門(重要文化財)。天保3年(1832年)に完成した入母屋造り、本瓦葺きの楼門です。

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中門の「風猛山」の扁額は紀州十代藩主・徳川治宝(とくがわはるとみ)の真筆です。
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中門 表裏の左右に四天王像(持国天・増長天・広目天・多門天)が安置されています。
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中門を入ると左に
若山牧水の歌碑が有ります 
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    右には松尾芭蕉の句碑が有ります
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その先には水向地蔵(みずむけじぞう)が有ります。経木塔婆(きょうぎとうば)に水を手向け亡くなった人の冥福(めいふく)を祈るので水向地蔵と称されます。
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丈六堂(じょうろくどう)一丈六尺(約4.85m)の大きさの阿弥陀如来像が安置されています。一丈六尺は、仏像の像高の一規準で、お釈迦さまの身長が一丈六尺であったと伝わることから由来しています。
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本堂前下に桃山時代の枯山水「粉河寺庭園」(国の名勝指定)が有ります。
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斜面なので土留め石垣を兼ねた石組み枯山水です。桃山時代の上田宗箇(うえだそうこ)、別名、上田重安の作庭じゃないかといわれています。
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紀州青石(緑泥片岩)や、琴浦の紫石、龍門石などの紀州の名石を組み合わせた勇壮な庭。192

石組にサツキやソテツが植込まれ、約3mの石段を登って本堂に上がります。

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本堂は西国三十三所の寺院の中で最大級のお堂です。 享保五年(1720)の建立。内陣には八代将軍・徳川吉宗(とくがわよしむね)寄進の左甚五郎(ひだりじんごろう)作「野荒らしの虎」も有ります。
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本尊・千手観音(秘仏)を安置する正堂(しょうどう)と、礼拝のための礼堂(らいどう)を前後に並べた形式。正堂の内陣には、千手観音の眷属である二十八部衆像と風神雷神像計30体を左右15体ずつ安置しています。その奥は千手観音像の安置場所です。その内部は公開されていませんが、土間床とし、中央に六角形の厨子を安置しています。ここに安置する千手観音像はお前立ち像とされ、真の本尊は本堂下の地中に埋められているといわれます。
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東側には鬼子母神(きしもじん)
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西には不動明王、大日如来、閻魔大王、その他諸尊が安置されています。
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「びんずるさん」
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千手堂は宝形造りの小さなお堂で、本堂の左に建っています。 宝暦10年(1760年)建立の国の重要文化財。正面に千手観世音菩薩さまが祀られ、両側の脇壇には、紀州歴代藩主とそのゆかりの人々の位牌が祀られている
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千手堂の右奥には、朱の鳥居と急な登り階段が見えます。
「たのもしのみや」と書かれたこの階段を登ると、粉河産土神社があります。
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お寺の境内にあるこの神社の神様は、粉河寺を守ってくださる鎮守の神様。
丹生都姫命にうつひめのみこと)
天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)
粉河寺の開基である大伴孔子古の子、の大伴船主が783年に創建したとされています。
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本堂右手前に「六角堂 」が在ります。 西国三十三観音像を安置する。享保五年(1720)の建立
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      本堂右隣に鐘楼があります
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         身代わり地蔵
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薬師堂 薬師如来を安置する。眼病を初め諸病平癒祈願の仏さまです。
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本堂の左から急な石段を登れば 行者堂へ行きます。
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          行者堂
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出典
ウィキメディア・コモンズ
ウィキペディア
粉河寺|西国第三番札所|厄除観音|和歌山紀の川市
粉河寺 | 紀の川市観光協会
第三番 粉河寺:西国三十三所
天下の名刹 粉河寺を訪ねて | わかやま歴史物語

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