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2011年5月 3日 (火)

自然は怖いし・楽しいし・美しい

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          今年も連休が来た

  東日本の大震災で行楽客が減るんでは・・・・・・・

        w(゚o゚)w   w(゚o゚)w   w(゚o゚)w

   心配いらなかった 松江城山西駐車場は去年と
        変わらず終日満車だった

     アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!  Σ((oÅO艸*)

              春が遅かったので 

   花は3カ月分まとめて満開になった

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10年ほど前にヴェトナムで買った飾り椅子(天然木)

 
余りにも良い天気なので 「ニス」 が剥げ腐食して
       傷んだので白ペンキを塗った

 元は天然木の上に 「ニス」 が塗られて風格が有った


 塗り終わった白ペンキの椅子には風格も何も・・・・

    (´Д⊂グスン ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

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  新聞に鳥取県米子市の淀江に有る上淀廃寺に有った
    壁画を復元した資料館が紹介されていた。

  翌日には妻木晩田遺跡に新しく多くの竪穴住居が
 復元されたと報じていた 天気も良いので行ってみた

         妻木晩田遺跡(HPより)

  大山山系から続く丘陵(通称「晩田山」)に位置し、
        美保湾(日本海)を一望できる。
1998年に京阪グループによるゴルフ場建設を初めとする
   大規模リゾート「大山スイス村」開発計画に伴い
     発掘調査が行われた際に発見された。
     京阪側が開発を断念(開発中止を決定)
     1999年11月19日に国の史跡に指定され、         
   文化庁の対応も非常に迅速であり、
保存が決定するや否や史跡への答申を行ったという。
  これは妻木晩田がそれほどまでに歴史的重要
 かつ貴重な大発見であったことを物語るものである
標高90~120メートル前後(平野部との比高差-100メートル前後)
の尾根上を中心に立地し面積約170ヘクタールに及ぶ。、
  竪穴住居395基、掘建柱建物跡502基、墳丘墓
(四隅突出型墳丘墓含む)24基環壕等が検出されている。、
一連の集落は弥生時代後期を中心に中期終わり頃から

   古墳時代前期初頭にわたって営まれている。
いわゆる倭国大乱の影響とされる高地性集落であるが、

比較的大規模で長期にわたる例は少なく、注目される。
     竪穴住居は、全部で700ぐらいある。
その中の大部分は小さくて深く、直径3~6メートル、

深さ1メートルぐらいで、外から見ると屋根しか見えない。
大きい竪穴住居は浅くて直径6~8メートル、
深さ0.5~0.7メートルぐらいで、外から見ても壁が見える、

小さい方は土屋根で大きい方は草葺き屋根であろうと
推測出来る。さらに、大型建物のそばには、
先に述べた大きい竪穴住居が必ずといっていいほどある
これこそ有力者の住宅であろうと考えられている

弥生の終わりの3世紀中頃から4世紀ぐらいまでに
かけて、有力者も竪穴住居に居住していたと思われる。

     山頂からの風景は素晴らしかった
     弓ヶ浜から島根半島まで見渡せた

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         四隅突出型墳丘墓

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    復元された 竪穴住居  掘建柱建物跡 

Ip110421tan000146000

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              上淀廃寺(HPより)

1991年より淀江町教育委員会が発掘調査を実施、
法隆寺金堂壁画と並ぶ日本最古級の仏教壁画が
    初めて出土し、社会的に注目された。

数少ない白鳳寺院の堂内荘厳を復元し得る遺跡と評価され、
    1996年3月29日に国の史跡に指定された、
    現在の指定面積は25,560平方メートル。
紀年[1]銘瓦等の遺物から飛鳥時代後期(7世紀後葉)の建立
 8世紀中頃の改修を経て、平安時代中期(11世紀前葉)に
        焼失したものと考えられる。
 これまでの調査で中心伽藍(塔跡・中門跡・回廊跡など)、
    寺域、その他倉庫等の雑舎が確認されているが、
         講堂の所在が不明である。
     寺域は天平尺で東西約2町(212メートル)、
      南北1町(106メートル)の規格とみられ、
ほぼ中央に半町(53メートル)四方の中心伽藍が位置する。
  伽藍配置は南を正面として、東西棟の金堂の東側に
     南北に3基の塔を並べる設計とみられる。
法起寺式伽藍配置である。ただし、北塔については
塔の心柱を支える心礎と造成のみで基壇は未確認である。
計画のみとしても3塔を配置する例は無く、2塔でも
      南北に配置する古代寺院は他に無い。
基壇の規模は、金堂が東西14.2メートル、南北12.5メートル
塔はいずれも9.5メートル四方を測る。金堂及び中・
南塔の基壇は瓦積みの周囲に石列を設置する二重基壇で
     百済の寺院に多く見られる様式である
遺物は、壁土(壁画含む)約1,300点の他に、塑像約3,500点
、瓦類(鴟尾含む)、土器、鉄器、金銅製品が出土した。
塑像は金堂跡、中・南塔跡とも周辺から、壁画は金堂周辺のみ
からの出土である。壁画及び塑像はいずれも創建時と
改修時のものがあり、創建時は半丈六如来像を本尊として
背後に浄土変相図の類の壁画が描かれていたと考えられる。
改修時には金堂に丈六三尊像が本尊として安置され、
壁画も一部創建時より大きいモチーフで「光背」や「蓮台」など、
仏像の背景的なものが描かれる。屋根瓦のうち軒丸瓦に
単弁十二弁蓮華文様が飾られ、この廃寺独特のもので、
その祖型は朝鮮半島の新羅に求められるという。

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         伯耆古代の丘公園

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   淀江から山陰道で名和IT(御来屋)まで行った

お魚センターで『武者えび』を探しに行ったが なかった
 40㌢程度の「サゴシ」 が700円 25㎝程度の「あじ」も700円
   その他の魚もとんでもないほどの高価格だった
            連休価格か・・・・・
       さすが県外者も買う人は少 なかった

      ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

  性懲りもなく「鯛焼」のお店も そーっと
       尋ねてみた
  初めて見る看板が窓辺に あった

  「  備 

   ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ   。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

 ふじ寺(住雲寺)

 ゴールデンウィーク期間中には、毎年恒例の
 
「藤まつり」が開催されているはず
  「藤まつり」期間中は、美しく咲き誇る花々の下
 茶席などを用意されて和の風情に包まれながら
        お抹茶やお菓子で一服、
      そんな日本的な演出で訪れた
       観光客をもてなしてくれるはず


  だが今年は未だに花は咲いていなかった

           住雲寺(HPより)

こちらの住雲寺、別名「ふじ寺」と呼ばれ、境内にはフジの大木が全部で4本。
樹齢40数年とその歴史は比較的浅いですが、花の房が六尺(1.8m)まで垂れ下がる「六尺フジ」という種類にあたるもので、これは日本各地で数カ所しか存在しない貴重なもの。
そんなことから、この場所がフジの名所として全国的にも知られるようになりました。
春の陽気に包まれるこの時期、境内に立つフジの花が一番の見頃を迎え、フジ棚から垂れ下がる淡い紫の花々の下、多くの見物客が訪れ、美しいお花見を楽しみます。

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     去年の連休5月3日の 藤 の花

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    『武者エビ』 『鯛焼』 『藤』 何もなかった

     御来屋はこの日もまた小生を イジメタ
   
  
(ノ∀`) アチャー (つд⊂)エーン 。*((艸д・。`*)゜*。

        帰りに花回廊に行った
     駐車場は一番奥まで誘導された

  入場券を買うのに15分 小生は会員なので

 すいすいと入場したが場内は人と花であふれていた

  ……(ノ゚ο゚)ノミ(ノ _ _)ノ  ( ^ω^)おっおっおっ

           チュウリップ  

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         八重桜とチュウリップ

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        パンジー と 梅 と 桜

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        大山にはまだ沢山の雪

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      帰って我が家の花も写真に収めた
   3月の『八重桜』『パンジー』4月の『菜の花』
   5月の『牡丹』『さつき』『つつじ』6月の『あじさい』
           7月の クレマチス
           全部咲いていた

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          自然は 美しい 楽しい
    だが 御来屋の イジメ と

   自然災害は ご免被りたい               

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