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2011年11月28日 (月)

美保関 赤灯台撤去 

  

      (つд⊂)エーン                                  

  小生の職場に有る”灯台”が撤去された

      モジ(((*´ε` *)(* ´З`*)))モジ

   美保関港は 古くからの海上交通の要所、

       風待ちの港として栄えた。 

  灯台も古くは 『関の五本松』が かつての

  航路標識木ともなり、船人に親しまれていた

      船の航行の目印(現在の灯台)

Mihose03

  関の五本松は、台風や松食い虫のため

  相次いで倒れ、初代、2代と枯れてしまい、

    現在は3代目が植えられています。

  美保関と松江を結んだ”旧松江街道”沿いで、

    松江藩主が『美保神社』参詣の折、

     眺望の邪魔になるということで、

  五本松の 一本を切らせてしまいました

    ⊂⌒~⊃。Д。)⊃ ピクピク ( ゚皿゚)キーッ!!

 そのことに船人たちは落胆し、やり場のない怒りと、

 松への愛惜をこめて、誰からともなく歌い出したのが

   ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

   「ハー関の五本松、1本切りゃ4本、

             あとは切られぬ夫婦松」 

      ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

    という民謡 「関の五本松節」 だそうです

   (風邪をひいたら 咳で5分待つ 5分で治るそうです)

        (ここだけの話 他の人に教えないでください。馬鹿にされるから)

   `;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!!  (ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ

            『美保関灯台』

    Mihosek2

      朝鮮半島等との環日本海交易の

  拠点であった美保関は、たたら製鉄による

   鉄の輸出港として繁栄し、足利時代には

       将軍の直轄領になる。

  江戸時代には北前船交易の要所としても

   繁栄し、多くの廻船問屋などが存在した。

  美保関灯台は1898年(明治31年)11月8日に、

        フランス人技師により設計、

     片江の石工・寺本常太郎によって

       施工されて、初点灯したが、

  当時は第1等灯台で光度は6万7500カンデラ。

        当初は、地蔵崎灯台と呼ばれ、

     山陰では、最初に建てられた灯台だった。

  • 1922年大正11)に 光源が電化される。
  • 1935年昭和10)に 美保関燈台と改名。
  • 1954年(昭和29)に 第1等レンズを変更して、
  •              LB-90型灯器になる。
  • 1962年(昭和37)に 無人化。
  • 1993年平成5) に 最新設備に改良し、
  •              メタルハライド電球を使用する
  •              LB-M60型灯器となる。
  • 1998年(平成10)に 「世界各国の歴史的に
  •              特に重要な灯台100選
  •             世界灯台100選に選ばれた。
  • 2007年(平成19)   国の登録有形文化財となる。                      
  •  灯台のほか、石塀、旧吏員退息所主屋・倉・便所・
         石塀も登録有形文化財に登録された。

      Σ(゚□゚(゚□゚*)  ∑(=゚ω゚=;)  ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

         初期の 美保関港 の東防波堤には

       昭和3年に 美保神社の遷宮に奉納された

            石燈明が建てられている

     「神光照海」と彫られ 作者名も記されています

          現在は 点灯されていないようです

    Img_1484

    Img_1488

     その後昭和24年6月(1949年)石燈明台 の前に 

           ”東防波堤灯台”が作られた

    Photo

    Photo_9

           美保関港”東防波堤灯台”

       塗色 赤塔形 灯質 等明暗赤光明3秒暗3秒

        光達距離 8カイリ 塔高 9.5m 灯高 11m

    .       。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

      昭和40年(1965)代からのモータリーゼーションの

      進展と漁船の大型化に伴って、その対応のために

      漁業者の生産拠点としての荷揚げ場(5~6m幅)の

     拡張と併せて漁港道路(5~6m幅)の敷設と駐車場の

       確保のために度重なる埋め立て工事が行われて

      コンクリート丸出しの直立岸壁になり、江戸時代の

     風情を醸し出していた自然石護岸はことごとく消滅し

          港内の形状は大きく変貌していった。

     これにより港内はより狭隘になり、平成になってからは

      昭和26年に完成した東防波堤より沖合に新たな

     繋船基地として西側埠頭を新設して、旧港内と併せて

    約30隻余りの地元漁業者の小型漁船が係留されている

              【現在の美保関漁港】
    Photo_6

                  海崎漁港
    Photo_7

          美保関港 東防波堤 が延長され 

         新堤防の先端に今回新灯台が完成した

    Photo_8

         旧灯台は 62年間の役目を終えて

            解体されることになった

    。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。  。*((艸д・。`*)゜*。  Д`)・゚・。・゚゚・*:.。つ

        シートがかぶせられ解体を待つ灯台

    1
    2_4
    Photo_10
    1_2

      「鉄製」だと思っていたが鉄筋コンクリート製だった

          表面は赤いタイルが張ってあった

          アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!  ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
    2_5
    3
        石燈明台が遠くから寂しげに見ているようだ

       つД`)・゚・。・゚゚・*:.。  。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。4

             (美保関のマンホール蓋)

            ”鯛” ”灯台" "五本松”

    Img_1480

         赤灯台 62年間 辛苦了 (御苦労さま)

           サヨーナラー(_´Д`)ノ~~   (TωT)ノ~~~ バイバイ

      つД`)・゚・。・゚゚・*:.。  (つд⊂)エーン 。゜゜(´□`。)°゜。

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