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2012年11月 4日 (日)

釣師の車の後ろ 四国 善通寺・金毘羅宮・道後温泉

   釣り仲間は 魚・餌・潮の匂いが車に付くので
       釣り専用車を持っている人が多い
  興味を持って見ていると それぞれ工夫している

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

  道釣りの名人 長江のお父さんは まったく
  大物を釣らないのに 大きなクーラーを積んでいる
    万が一の想定を想定しているのかな・・・
    だがよく整理整頓され "外”に清潔だ
   (奥さんの 躾 かな?)

  `;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!!  ヘ(゚∀゚ヘ)アヒャPhoto_2
根雨さんの車 釣道具は小生と一緒で全て乗せている
 後部座席も取り外し素人大工で色々な工夫が有るPhoto_3
ジープさんの車 右側の後部座席を取り外し整理ケース
  を乗せ竿は左座席の背もたれに立てかけてあるPhoto_4
      発泡スチロールのケースには幾ら有っても
     足りない仕掛けが多数用意されている
       (カワハギ・金フグ の掛けバリ)
      ( ´,_ゝ`)ハイハイ  ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~
2
   年金爺様の車も後部右側座席を外していた
   アジ・エノハ・カマス 等 小型の魚専門の
      釣道具が整然と乗せられている1 Photo_5
釣り専用車には今後も興味を持って取材してみようと思う

:        ;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

    ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。       

    一番上の孫が頭に腫瘍が有ると診断された
     家内から悲痛な知らせが電話で届いた

  小生に出来る事は・・・神様にすがる事しかない
    信仰している真言辯天宗は奈良五条市
     辯天宗(辯天宗:べんてんしゅう)は
 高野山真言宗の流れを汲む宗教法人である。
系列の智辯学園・智辯学園和歌山は高校野球の強豪

  真言密教 真言八祖八代の空海、弘法大師

和歌山の『高野山』・京都の『東寺』・香川は『善通寺』
       お大師さまの三大霊蹟です
     高野山・東寺には何度も参拝している 
  弘法大師・空海は、774年(宝亀5年6月15日)
 讃岐(香川県)の「善通寺(ぜんつうじ)」で生まれ

   835年 承和2年3月21日午前4時、寅の刻に
  深く目を閉じ唇を堅く結び、金剛定(こんごうじょう、
 三密金剛の大定)に入定(にゅうじょう)されました。

高野山 奥の院
 御廟の奥の岩室で今も生きて瞑想を続けていると
   信じられている弘法大師の 存在と同じように
奥の院は過去と現在、そしてこの世と異世界を超越し
      それらが交錯する空間である。
     2015年は高野山開創 1200年

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

       ☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

      
今回の孫の病気治癒の願かけ 一度も
  参拝した事がない”善通寺”と 金毘羅宮に決めた

   松江を朝8時に出発 山陰道・安来道・米子道・
      中国道・岡山道・山陽道・瀬戸中央道
   四国横断高松自動車道の善通寺ICで降り10分
      松江から212K約3時間の行程だった
Img_2818
弘法大師の父は郡司で 佐伯善通(よしみち)で名前から
善通寺と号された、兄二人は幼少に他界し三男空海は
幼少の頃から佐伯家(先祖は大伴氏の分家)の跡取として
育てられ、幼名を真魚(まお)と呼ばれた。

 空海の誕生日6月15日は 密経経典をセイロンから
   唐へ最初に伝えた真言密教付法第六祖
     「不空(ふくう)三蔵」が入滅した日で
   空海は不空の生まれ変わりと言われる。1_2
 伽藍 「東院」南大門を入って右側に五重の塔が有る
  現在の塔は塔高 43mで1902年(明治35年)に
        完成した4代目の塔です

Img_2817
左側には大きな楠が有る樹齢千数百年と言われている
Photo
   本尊は薬師如来 四国八十八カ所霊場の
    第七十五番、真言宗十八本山一番札所  
   小生も にわか巡礼者として記念写真を撮ったImg_28241
  金堂は1558年(永禄元)に焼失したあと1699年
(元禄12)に再建された。薬師如来を安置し大きく反った
  飾り屋根の裳階(も・こし)が建物の周囲をめぐる。
  軒下にある組物(くみ・もの)や瓦を敷いた床などの
  形状が鎌倉期に宋から伝えられた寺院建築様式
    「禅宗様」の本格的な仏殿だと評価された

  堂内に安置された薬師如来像の周囲を二周して
大きなロウソクに火を灯し線香を焚き1時間般若心経と
真言「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」を
       唱え心から孫の病の治癒を願った
             金堂(薬師堂)Img_2819
        祈願を済ませ西院の誕生院(御影堂)に向かった
     御影堂は、弘法大師が誕生した佐伯家の
     邸宅地に建ち奥殿には大師自作と伝わる
      本尊・瞬目大師像が秘蔵されている。
   誕生院は、建長元年(1249)、行蓮上人によって
   創建された。現在の建物は、天保2年(1831)に
      建立され、昭和11年に修築されたもの。

 御影堂の地下には、約100メートルの「戒壇めぐり」が
  あり「南無 大師 遍照 金剛」宝号を唱えながら
  真暗闇の中 左手で壁を伝い迷路を90m程歩くと
 本堂奥殿真下に当る所に薄明かりが見え”ホッ”とする
  3畳ぐらいの広さにひざまずき大師の声を科学的に
   再現した声で10分程の説法を聞くことが出来た。
     大師と結縁する道場となっている。
             (御影堂)             

Img_2823
御影堂の地下から出た所に宝物館に繋がる廊下が有る

Photo_2

   善通寺に伝わる寺宝を多数収蔵し公開している

Photo_3

  館内には これらの国宝・寺宝を拝観していたのは
     小生だけで静寂そのものだった・・・が 
  小生は携帯電話をマナーにするのを忘れ着信音が
     驚くほどの最大級の音で館内に響き渡った
          ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ
そしてその電話の知らせは大阪市立大学付属病院の
     精密検査の結果報告だった 朗報だった
    腫瘍ではなく頭に僅か水がたまっているだけで
      自然に無くなる。心配なら3カ月に一度の
          検査を受けてください
  『孫の病気は自然に治るもので心配ない』との事

              o(*^▽^*)o

約2時間前に薬師如来に病気治癒の願掛けをしたばかり

   20分前に大師のお諭しの言葉を聞いたばかり

   早速『願』を聞いて頂いたようで心から感謝した

            弘法大師像
Img_2822
  朗報に胸を撫で下し 心も軽く金毘羅宮に向かえた

 金刀比羅宮
明治維新の神仏分離・廃仏毀釈が実施される以前は真言宗の象頭山松尾寺金光院であり神仏習合で象頭山金刀比羅大権現と呼ばれた。現在は神社本庁包括に属する別表神社、宗教法人金刀比羅本教の総本部。全国の金刀比羅神社・琴平神社・金比羅神社の総本宮でもある。

海上交通の守り神として信仰されており漁師・船員、漁師など海事関係者の崇敬を集める。時代を超えた海上武人の信仰も篤く、戦前の大日本帝国海軍の慰霊祭だけではなく、戦後の朝鮮戦争における海上自衛隊の掃海殉職者慰霊祭も毎年、金刀比羅宮で開かれる。境内の絵馬殿には航海航の安全を祈願した多くの絵馬が見られる。金毘羅講に代表されるように古くから参拝者を広く集め、参道には当時を偲ばせる燈籠などが今も多く残る。

長く続く参道の石段が有名で、奥社まで登ると1368段にもなる。例大祭に合わせて毎年、これをメインに「こんぴら石段マラソン」が開かれている。

      ふもとに駕籠タクシーが営業しており
   大門まで 6500円で参詣客を送迎しているImg_2805
           登り始めて294段目 大門が見える Img_2769
   もう帰ろうよ 大山大神山神社の参拝の折
       聞いたセリフ  すでに帰りたくなった
 ちょっと一服が10分 売店で”杖”を借り再び歩きだした
大門
ここまで1年の日数と同じ365段。この門をくぐると境内

Img_2770
境内 入り口
 参道の両脇にひしめいていたお土産屋がなくなった
この傘の屋台は「五人百姓」と言って古来より境内での
 商売を許されている5軒のお店だけの特権らしい
     5軒共”べっこう神代飴”を売っていたPhoto_4
           振り返ってみれば・・・Img_2771
      疲れ果て 下を向いて無言で登ったImg_2773
        参道左側に 巨大オブジェ
  船のスクリューを今治造船が奉納したと書いてあったImg_2774
     旭社(あさひのやしろ) 重要文化財
  やっと本宮に たどり着いたと一息入れたら、
  本宮は、まだ上とのこと。だが立派な建物です

  清水の次郎長の代参で来た「森の石松」も本宮と
  勘違いして旭社のここで代参して帰ったらしい
  さすが ”石松”  (ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ
小生も石松に成りた---い・  o(;△;)o 
Img_2777
   正面に有った休憩所に座り込み眺めていると
何人もの若い女性がハイヒールで上がってきた w(゚o゚)w

キタワァ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:*・゜゚・* !!!!!
Img_2778
  神社参りに 短パン ハイヒール ??? !(・oノ)ノ
     それにしても立派なお身足で・・・・   Img_2780
    いよいよ最後の”はしご” いや階段 ・・・Img_2782
     ついに到着 下を見れば こわーImg_2785
御本宮 総檜造り
  約900年前に作られた、現在の建物は100年前に
 改築されたもの。石段の数 本当は786段 ”なやむ” 
と読めるので途中で1段下げて 合計785段と言うらしい 
 「幸福の黄色いお守り」を購入して本宮の右手から
       元気を出して奥の院へ歩きだした
(´Д⊂グスン  つД`)・゚・。・゚゚・*:.。  。*((艸д・。`*)゜*。 
Img_2786
 138段の階段と長い上り坂を歩いて白峰神社に着いた
    長い上り坂は階段には入っていないようだ
  登山口からここまで923段 奥の院まで後445段
     ( ´;ω;`)ブワッ  。*((艸д・。`*)゜*。
Img_2791
 神社奥にはリフトが有った 奥の院と結んでいるらしい
    内緒で乗れないかな 考えていると動き出した
    追いかけて飛び乗る元気は残っていなかった 
   弱弱しく手を振った   (TωT)ノ~~~ バイバイImg_2793
 息も絶え絶え 残り445段と長い登り坂を登り切った所に
      厳魂神社(いつたま)奥の院が有った
       海抜421m 1368段 登り終えた
           感 無 量

    孫の病気が軽かった事を報告して
     何度も何度も 深く頭を下げた


  (v^ー゜)ヤッタネ!!Img_2794

Img_2795

Img_2796

Img_2798
断崖の上方には天狗とカラス天狗の彫物がありましたPhoto_5
        讃岐富士が霞んで見えたImg_2790

忘れてた  。゜゜(´□`。)°゜。
     
登ったら 下りなければならない事を
   
     (∩゚д゚)アーアーきこえなーい

    本宮まで戻り下を見れば・・・・

  キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ  。*((艸д・。`*)゜*。

登りは本宮前に辿り着き 下りは左側の”おまもり”等を
    扱っている建屋をこえたところの別階段
Img_2802
    やっと下界に戻った時 脚は他人のよう
  登山口に有る酒造会社の前の店で ふた休み

Img_2808

      讃岐うどんのうまかったImg_2806

    ソフトクリームのうまかったImg_2813

 腹拵えをして 日帰り予定を変更して松山道を約90分
        道後温泉に行った
 小生は 娘夫婦から”テポドン”と呼ばれている
  一度出て行ったら何処へ行くのか 分らない

道後温泉は、日本国内でもひときわ古い3000年もの
歴史を持つといわれる温泉である。約3000年前の
縄文中期の土器・石(せきぞく)が出土している
神話の昔はもちろん、史実上の記録に登場する温泉と
して見ても、道後温泉は日本最古の歴史を持つ。

       (重要文化財・道後温泉本館)Img_2831
     坊っちゃん風呂には何十年ぶり
  2階に休憩場所を取り 浴衣に着かえて1階ふろ場に
Photo  
      3回に分け入浴 入念に足のマッサージ
 だが夜中に足の”けいれん”3度  睡眠不足で
          翌日気合だけで松山城へ

 小生はサングラスを掛けた老人の『坊っちゃん』・・Img_2841
 ケーブルのチケット売場で本当のマドンナと記念写真 
    最近のマドンナは(下腹部)は負けないが
 前期高齢者坊っちゃんより背が高い 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
Img_2842
     松山城までケーブルカー・リフトが有る
どちらに乗っても料金は同じ。登りはリフト帰りはケーブル
Img_2844
大天守(重要文化財)
   大天守は三重三階地下一階の層塔型天守で、
  黒船来航の翌年落成した江戸時代最後の完全な
  城郭建築です。また、「現存12天守」の中で、唯一、
  築城主として瓦には葵の御紋が付されています。

    大天守、小天守、隅櫓を廊下で互いに結び、
   武備に徹したこの天守建造物群は、わが国の
     代表的な連立式城郭といわれています。

      大天守の全高は、本壇から20m
     (しゃちほこの高さを入れると21.3m)。
 本壇は本丸から8.3mの高さがあり、本丸の標高は
    約132mであることから、大天守の標高は
          約161mあることになります。
     これは「現存12天守」の平山城の中では
  最も高い城郭です。山の高さは、同じ平山城である
          姫路城の約3倍の高さです

Img_2847
     現在天守閣の有る城は全国に12城

      弘前城・松本城・丸岡城・犬山城
     彦根城・姫路城・松江城・備中松山城

      四国には三分の一の4城が有る
     丸亀城・松山城・宇和島城・高知城
 
   貴重な歴史的文化遺産として国より国宝や
     重要文化財の指定を受けています

  大阪城・岡山城・熊本城 等 他にも天守閣の
有る城は鉄筋コンクリート等で戦後復元されたものらしい

Img_2849
         松山城の消火栓Img_2833
      坊っちゃん風呂前のマンホールImg_2834
      松山も”つばき”のマンホール
椿の絵柄は沢山各地に有る 日本は椿が多いのだ なImg_2836
       しまなみ海道大三島のマンホールImg_2852

 忘れてた   ( ´;ω;`)ブワッ
 
 行ったら帰らなければならない事を
  (ここがテポドンと ちょっと ちがうところ 小生はブーメラン?)

            。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
 

 帰りは松山道”しまなみ海道を通り尾道から
尾道道・世羅・三次から54号線で掛合・松江道・山陰道
            総走行距離は678k
        先月は九州往復日帰り1000k
         小生も再就職出来るかも・・・ 
         長距離トラックのドライバーに

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