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2013年6月 2日 (日)

菅原道真公ー2 美保関3度目の里帰り? 

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪

:朝早く 日課の PCでメールの確認や 調べ物

φ(・ω・ )メモメモ   (´~`)。゜○  

ふっと顔を上げカレンダーを見ると 5月27日 車の車検日!!だ・・・・・

キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ   ┗(^o^)┛パーン

やった    口実が出来た 22日水曜日 すぐ出発だ

10時過ぎ大阪を出て美保関に直行 道中 品川ナンバー 警視庁の機動隊の
バスが
何十台と車列を組んで走っていた 
中には工作車両も何台か挟まって走っていた

(・_・)エッ....?  ○|_| ̄ =3 ズコー  

加西SAの駐車場にも愛知・岐阜等のナンバーを付けた機動隊員を乗せた
バスが多数止まっていた

トイレで隊員と見られる人に『何事ですか』と聞くと出雲大社に皇族が来られる
25日土曜日は大山で植樹祭に『天皇・皇后 両陛下が来られる』 
その警備で2500人の機動隊が招集されたらしい 
中国道も米子道も警察車両だらけ

速度違反する車両も無く小生も模範運転で疲れきって美保関に到着 
誰一人迎えは居なかった 
網干場には誰も居ない 網も干していない 寂しい職場

(´・ω・`)ショボーン   (つд⊂)エーン

Img_3614

だが・・・だが 元の職場に店を広げた すぐに岡山ナンバーの
見学者は来たが魚は来なかった 
見学者はに美保関では今年は”あじ”どころか”全ての魚”が何も釣れん
自分は ここの常連だが最近”境港”へ行ってる 
”あじ”なら竹内団地で 初心者でも釣れるよ と新顔は”のたまう” 
有り難いアドバイスを頂き 20分以上自慢話を聞かされ上 最後には”魚”は
何も釣れないはずなのに昨夜”カサゴ”を400釣った???? 
の”おおぼら”で さすがに小生も無視した     

(# ゚Д゚) ムッカー  (#゚Д゚)y-~~イライラ

 一晩で”カサゴ”を 400匹釣ったと豪語する御仁
写真左  顔は一応カットしました (本心は公開したかったが)
Img_3617

だが 見学者が去って10分もするとパラパラ釣れ出した 
15㌢以上の大きな”あじ”が・・・
Img_3615

20分もするとバケツは一杯になってきた 2時間で21匹釣れた Img_3616

翌日木曜日午後”車検の速太郎”で2時間車検を受けて後 美保関へ行ってみた
地元の”仙人”がワームで”めばる”釣りをしていた 

小生が釣っていた場所には
昨日の見学者が座っていた 
”あじ” の さびき仕掛けで ・・・・・

(# ゚Д゚) ムッカー  \(*`∧´)/ 

釣れますか 声を掛けたが上目使いで
ちらりと見て無視された

Img_3620

土曜日堤防は満席になった 堤防の外側(右)は”テトラ”が入り
根掛かりが激しい
内側では”鮎竿”のような長い竿で”あじ”を狙う人が居る
Img_3625

10時頃から仲間が出勤してきた 真剣に地元の名人?仙人?の仕掛けを
”無駄だと知りながらも”見習おうと眺めるお父さん キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ 

奥にはジープさん 立って監督するのは”長江さん”Img_3626

師匠は大きな”めばる”を釣り上げ見せてくれた やはり師匠だ・・・

……(ノ゚ο゚)ノミ(ノ _ _)ノ  _/\○_   ε=\_○ノ イヤッホーゥ! Img_3622

また 手のひらに15㌢以上有る綺麗な”あじ”を乗せ 釣果を披露してくれた 
早くも50匹以上釣ったらしい          ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

2013052017290000

師匠の足元にひざまずき 師匠の釣った魚をバケツに入れようとして逃がし
”ドジョウ掬い”のポーズであわてて追いかけるお父さん 
行動がみんな”絵”に成るお父さん

(御夫婦で仲良く並んで釣っている所を撮ろうと思ったらこの写真)
                
┐(´д`)┌ヤレヤレImg_3623

”落ち穂拾い” じゃ・・・なく”あじ”拾いに忙しい お父さん
残念ながら今回も”お父さんの広報誌”になってしまった
Img_3624

帰りにプラントー5の前で1億円を夢見て宝くじを買った
10万円当りますように・・・・   
Img_3618

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

菅原道真ー2

出雲国宍道から相撲の元祖野見宿祢が現在の大阪藤井寺土師の里に
来た後、土師一族は大江氏・菅原氏・秋篠氏に分かれていった

              菅原道真
菅原道真公の生誕の地は諸説有りますがその中の一説に

菅原道真公の父君、菅原是善卿が出雲の国庁に御在任の時、菅原氏の祖先、
野見宿禰
(のみのすくね)のお墓をたずねて宍道町菅原の里(当時は山田村という)
においでになりました。
その時ご案内をした乙女が卿のお気に入り、国庁に召されてお仕えすることになりました。
是善卿は任期が終わり、京都にお帰ることになりましたが、この女の方は懐妊しておられ、
承和12年(845)6月25日出雲国現在の宍道町菅原天満宮の地に帰って
御子をお産みになりました。
母親は菅原是善卿の故郷藤井寺道明寺で道真を育て奈良の菅原町で勉強させた
宍道菅原天満宮は、道真公が大宰府に左遷され無念の死をとげられた後、
菅原の里人たちが天暦5年(951)にこの地にお宮を建てた。
その後松江藩の松平直正公が寛文3年(1663)東北の銘木なる羅漢松を以って
新しい社殿を造営された

    現在の島根県松江市宍道町の菅原天満宮
Photo

        宍道町菅原天満宮の社殿配置図Photo_2

   野見宿禰の墓Photo_3

   大阪藤井寺道明寺天満宮は幼年を過ごした勉学の地
Img_3554
      菅原道真公 

901年(延喜元年)、大宰府に左遷される道真がこの寺にいた叔母の覚寿尼を訪ね
鳴けばこそ別れも憂けれ鶏の音のなからん里の暁もかな」と詠み別れを
惜しんだと伝えられる。、
この歌から、道明寺に住む者は鶏を飼わないという信仰が現在も続いています。
この故事は、後に人形浄瑠璃・歌舞伎の『菅原伝授手習鑑』「道明寺」の場にも
描かれている。
道真の死後寺名は土師寺から道明寺と改められるが、
これは道真の号である「道明」に由来する。
道真ゆかりの地ということで、道明寺は学問の神としての信仰を集めるようになった。
明治の神仏分離の際、道明寺天満宮と道明寺を分け、真言宗尼寺道明寺は
道を隔てた隣の敷地移転した。
祭神は菅原道真公、天穂日命と、菅原道真公のおばに当たる覚寿尼公である。
道真公遺愛の品と伝える硯、鏡等が神宝として伝わり、6点が国宝の指定を受けている。

後に天暦元年(947年)、道真自刻と伝える十一面観音像も祀られるようになった

       道明寺 真言宗御室派の尼寺。山号は蓮土山。
Img_3560

Img_3561

Img_3562

11

         和菓子”道明寺” 上方風桜餅。
道明寺(どうみょうじ)は、道明寺粉を用い、桜の葉で包む桜餅。
道明寺の尼が乾燥した糯米(糒)を挽き粉状にしたのが始まりという。
Photo_2

松江と藤井寺の関連は まだ沢山ありますが神様や偉人の話は
難しすぎて・・・・・今回はこのへんにしときます 疲れた_______

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