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2013年12月26日 (木)

お伊勢さん 参り

4月まで島根県松江に住まいして 60年に一度の出雲大社の遷宮に工事中も含め4度も参拝したが20年に一度の「お伊勢さん」には40数年前参拝した記憶がある 
行ってみたいなと思いながら朝刊を開いてみたら 新聞折り込み広告に 5500円日帰り旅行「伊勢参り」が有り急遽旅行社に電話した 出発4日前だというのに催行人員に後一人達していなかったようで 歓迎され参加出来た  ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

集合場所に30分早く到着して寒空の路上で待っていたが高槻・枚方・八戸ノ里を経由して藤井寺 交通渋滞で30分遅れで到着した。バスは18名乗りの小さいマイクロバスだった
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出発時間が遅れたので藤井寺から乗り入れた西名阪道路を怖いほどのスピードで走った
高槻から乗車した人はすでに藤井寺に着いた時は2時間以上バスに乗っていて 早くも寝てる人がいた 伊賀上野のドライブインでトイレ休憩  正倉院展旅行で 松茸ご飯を食べた同じレストランだった  (o^-^o)
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車は走った 走った制限速度を無視して走った 後の行程(食事・観光)の時間に合わすため  小生は若いころフリーの添乗員も経験している この旅行の経験の浅い添乗員の気持ちが痛いほどわかる だが ドライバーの運転は乱暴すぎる  とにかく外宮に予定より15分遅れで到着した。駐車場が一杯の為外宮前で下車 全員降車したすぐあとバスは回送するため出発した 同時に グヮチャン 対向車と正面衝突した 添乗員は小生に にわか添乗員を依頼された

予定では始めから自由参拝が決まりだったが 小生も40数年ぶりの参拝だし何も説明もできない 他社のバスガイドに事情を話し許可を得て その後ろに全員誘導しガイド付きの拝観に成った      Dscf0030

伊勢神宮(いせじんぐう)、HPより
三重県伊勢市にある神社。正式名称は地名の付かない「神宮」(じんぐう)。他の神宮と区別するため「伊勢の神宮」と呼ぶこともあり、親しみを込めて「お伊勢さん」「大神宮さん」とも称される。神社本庁の本宗(ほんそう)である。

伊勢神宮には、太陽を神格化した天照坐皇大御神(天照大御神)を祀る皇大神宮と、衣食住の守り神である豊受大御神を祀る豊受大神宮 二つの正宮があり、一般に皇大神宮は内宮(ないくう)、豊受大神宮は外宮(げくう)と呼ばれる[7]。内宮と外宮は離れているため、観光で内宮のみ参拝の人が多いが、まず外宮を参拝してから内宮に参拝するのが正しいとされている。 キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ

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Photo

旧社はまだ解体されていない 20年でこれだけ痛むのか少し不思議
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新しくなった外宮社
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遷宮館 勝負池に面して 濃舞台
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遷宮館 内部 写真撮影禁止だと後から知った
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1時半に昼食 予定は12時に昼食 2時半出発だったが到着15分遅れで別のグループがすでに食事に入り 小生のグループは参拝と食事が逆になった
全員空腹でバスはどうなるのかも不安だった 添乗員に電話して情報を聞いたが何も手配していなかった バス会社本社に電話して地元の三重観光タクシーのマイクロバスを手配させ代替えのバスを三重県と奈良県の県境にあるドライブインまで大阪から迎えに来るよう手配した 全員にそのことを話してから昼食となった

洋食のバイキング 品数も多くおいしかった
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取り皿
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厨房
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30種以上の料理があった 1575円は安いと思う
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外宮前の”生しらす”は土産に買ったが 未だ冷蔵庫に収まったままだ
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左は手配した代替えの三重観光タクシーのマイクロバス 右は右前部をへこました1回りも小さい事故を起こしたバス フロントガラスにヒビが入っていた
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代替えバスで皇大神宮(内宮)へ五十鈴川にかかる宇治橋を渡り境内へ
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皇室の御祖神である天照大御神(あまてらすおおみかみ) 神体は三種の神器の一つ八咫鏡。をお祀りしています。初代 神武天皇は天照大御神から遣わされた八咫烏の案内で和歌山県熊野から大和に入り 橿原神宮(かしはらじんぐう) で即位した
お社は内宮の奥に広がる神路山・島路山を源とする五十鈴川の川上に鎮座している。
五十鈴川の清流にかかる宇治橋を渡ると参道は深い森につつまれる
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神楽殿

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皇大神宮(内宮) 社
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伊勢神宮 マンホール蓋(お伊勢参りを表せしいた)これも新調かな
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五十鈴川に架かる 宇治橋 を渡り内宮を出て右に曲がれば古い建物が続く。赤福本店の前に「おかげ横丁」が有る たくさんの人で混雑していた 
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赤福本店 HPより
赤福餅の誕生は、いまからおよそ300年前の宝永四年(1707年)。
赤福餅は、お餅の上にこし餡(あん)をのせた餅菓子です。形は伊勢神宮神域を流れる五十鈴川のせせらぎをかたどり、餡につけた三筋の形は清流、白いお餅は川底の小石を表しています。名は「赤心慶福(せきしんけいふく)」の言葉から二文字いただき、「赤福」と名付けたと言い伝えられております。
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赤福餅 本店
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人力車が客待ちしていた
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おかげ横丁を外れ住宅地に入ると普通の民家の玄関上に「しめ縄」が掛けてある。そのしめ縄に”笑門”と書かれた札が有った 小生の住む大阪はⅠ月10日にしめ縄を下す
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『蘇民将来子孫家門』の由来

昔、伊勢の地を旅した須佐之男命が、夕暮れに泊まるところがなく困りはてていました。
この地には、将来兄弟という二人が住んでおり、弟の大変裕福であった巨旦将来に、宿を頼んだが、これを断られてしまう。その兄である、大変貧しい暮らしをしていた蘇民将来は、この頼みを快く引き受け、貧しいながら、出来る限りで、もてなし一夜を過ごした。須佐之男命は、これを大変喜び、一宿の恩返しとして、茅の輪を与え、「後の世に疫病あらば、蘇民将来の子孫と云いて、その茅の輪を腰に付けたる者は、難を逃れるであろう」と言い残した。以来、蘇民家は、後の疫病が流行っても免れ、代々栄えたという。

この故事にあやかり、「蘇民将来子孫家門」の護り札をしめ縄に付けて、一年中門口に飾り、無病息災を願う、慣しとして今に受け継がれている。
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宇治橋の左側「おかげ横丁」の入り際に何匹もの猫がいた
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人慣れしていた 体を寄せてくる猫 5・6匹いるらしい
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それらの猫を保護することなく看板が貼ってあった
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日本の文化・歴史の源 外人も多く訪れる

伊勢神宮の入口に この看板 残念だ

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      猫好きの方必見    

島根県松江市東出雲に住む小生の長女は猫好きが高じて

   ”猫の首輪”や関連商品の販売を始めた

Atelier Mew (アトリエミュー) 本社
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構内に有る ミニチュア庭園
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