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2014年1月23日 (木)

飛鳥路ー2 飛鳥寺・岡寺・石舞台

橿原神宮から明日香村へ向かった途中藤原京跡地を見学して

飛鳥寺へ (奈良県高市郡明日香)

飛鳥寺(あすかでら)は奈良県高郡明日香村にある寺院です。

蘇我氏の氏寺で、日本最古の本格的寺院でもある法興寺

の後身である。本尊は「飛鳥大仏」と通称される釈迦如来で

開基(創立者)は蘇我馬子。山号は鳥形山(とりがたやま)

門前の駐車場は500円 拝観料は無料・300円・500円 と 

色々だが よく考えたら奈良の寺社の駐車場は全部500円だ。

住職は島根県松江市東出雲のお寺(寺名は教えていただけなかった)

に5年おられたそうで 黄泉の国・神話・歴史の話は無しで中海の

白鳥海岸・三菱農機 の事などの話ばかりだったDscf0021

飛鳥寺は588年に百済から仏舎利(遺骨)が来たことにより,
蘇我馬子が寺院建立を発願し,596年に創建された日本最初
の本格的な寺院。法興寺・元興寺ともよばれた。
現在は安居院(あんごいん)と呼ばれている。

創建時の飛鳥寺は,塔を中心に東・西・北の三方に金堂を配し
その外側に回廊をめぐらした伽藍配置だった。 寺域は東西
約200m,南北約300mあった。今の境内は半分にも満たない

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本尊飛鳥大仏(釈迦如来像)
金銅仏の釈迦如来像(飛鳥大仏)は推古天皇が止利仏師に造らせた

丈六(約4.85m)仏。605年に造り始め,606年に完成した。

しかし,887年と1196年の落雷のため火災に遭い本堂が焼失したが

江戸時代に再建された。飛鳥大仏も補修されたが,顔の一部,左耳,

右手の中央の指3本だけが当時のまま残っている
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孝養(きょうよう)太子像(飛鳥寺)父,用明天皇の病気回復を祈願した

 聖徳太子像は飛鳥寺(安居院)に安置されている
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大化の改新を起こした中大兄皇子と中臣鎌足が蹴鞠会で最初出会い

蘇我入鹿を天皇の前で暗殺して大化の改新となるわけだが蘇我氏の

お寺ということもあってお寺のすぐ横に、入鹿の首塚があった。

当時は蘇我氏の立派なお屋敷が多くあったそうですが、

現在は田んぼの中にひっそりとしていましたDscf0029

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

飛鳥寺からすぐに岡寺がある

岡寺(おかでら)HPより
創建は天智天皇2年(663)に義淵僧正が岡宮の跡地に寺を建立したのがはじまりと伝えられている。義淵僧正は日本の法相宗の祖といわれている。寺伝によると子供に恵まれない夫婦が祈願した末に、家の柴垣の上に白い布にくるまれて置かれていた赤子が義淵僧正だったという。観音菩薩の授かりものと大事に育てられ、それを聞いた天智天皇が引き取り、岡の宮で養育された。後に義淵僧正は岡宮を譲り受けた。
岡寺(おかでら)は、奈良県高市郡明日香村にある真言宗豊山派の寺院。山号は東光山、寺号は龍蓋寺(りゅうがいじ)とも称し(寺号については後述)、正式には東高山真珠院龍蓋寺という。本尊は如意輪観音。西国三十三所第7番札
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仁王門

昔ながらの佇まいを今に残す参道を上ると鮮やかな朱色をした

桃山様式の建築で、重要文化財に指定されている

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本堂 
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本堂、内陣には本尊の如意輪観音菩薩が安置されており古くから厄除け観音として信仰を集めてきた。奈良時代の作で、高さ4.6mの塑像は日本最大の土佛である。もとは彩色がしてあったというが、今はほとんどが剥落してしまいわずかに唇に朱が残っている。重文に指定されており、この本尊は弘法大師が日本、インド、中国の三国の土を混ぜ合わせて造ったといわれているようで、日本で現存する塑像では最大で、高さは約4.6mといわれ、その大きさに圧倒される。
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龍蓋寺の名前の由来になった伝説も残っている。大雨や強風を巻き起こし村民を苦しめていた龍をその法力をもって池に封じ込め、そこに大きな石で蓋をしたという。その時の池が本堂前にある龍蓋池である。境内には重文の書院の他、開山堂、弘法大師を安置する大師堂、三重宝塔、鐘楼堂、十三重石塔などがある。Sign
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本堂から奥に急斜面の会談があり奥の院へ続く 

途中に弘法大志像も安置されていたPhoto_5

石窟の奥には石仏が安置されている。石窟の奥、石仏が安置されている場所には電灯が点灯されているが、かなり奥深いため外からは石仏の様子など詳細はよくわからない。Dscf0037_2

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「本堂」の西南側、義淵僧正廟所から細い道を西側へ坂を少し下りながら歩くと「三重塔」の建っている場所に出る。ここは「本堂」の西南側にあたり、「本堂」から見てやや小高い場所になる。「三重塔」へは本堂前の広場西端に建てられている大師堂の前から石段を上がっても行くことができる

 以前の三重塔は文明4年(1472年)に大風で倒壊して以来、約510年間三重塔がなかったが、昭和61年(1986年)に弘法大師記念事業として塔が再興された。これが現存の「三重塔」である。建造されてから約20年しか経過していないため、見た目にも新しい。Photo_7

岡寺を出てすぐそばに石舞台がある

この日(月曜日)はことごとく資料館・展示室は休館だった
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迫力満点の巨大な石の史跡

石舞台古墳

石舞台前のJA経営のレストランで昼食 赤米・黒米のカレーライス
をいただいたが お米が小粒以外 普通のカレーだった
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石舞台手前の段々畑で古代米は作られている
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石舞台 昔は野ざらしだったが きれいに整備されていて感動はなかったDscf0052

石舞台古墳は、飛鳥歴史公園内石舞台周辺地区の中央に位置するわが国最大の方墳です。30数個の岩の総重量は約2300トン、特に天井石は約77トンとかなりの重量で、造られた当時の優れた土木・運搬技術の高さがうかがわれます。Photo

天井席の上面が広く平らで、まるで舞台のように見えるその形状から古くから「石舞台」と呼ばれています。被葬者は明らかではありませんが、7世紀初頭の権力者で、大化の改新で滅ぼされた蘇我入鹿の祖父でもある蘇我馬子の墓ではないかといわれています。

出入り口
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内部
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