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2014年3月20日 (木)

京都 広隆寺 六角堂 

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聖徳太子28か寺御遺跡霊場は京都の広隆寺と六角堂の二寺を残すのみになった。何十年振りかの京都 JR天王寺駅から京都まで890円の乗車券を買いタイミングよく来た京都行き関空特急「はるか」に乗った。環状線を経由して大阪駅・新大阪駅を経由して京都まで直行 車内検札で運賃より高い特急料金1450に驚いた 新快速なら運賃のみで到着時間は5分と変わらない 普段鉄道を利用しない小生にはいい勉強になった。

広隆寺 (こうりゅうじ) HPより
京都市右京区太秦(うずまさ)にある寺。宗派は真言宗系単立。山号を蜂岡山と称する。蜂岡寺(はちおかでら)、秦公寺(はたのきみでら)、太秦寺などの別称があり、地名を冠して太秦広隆寺とも呼ばれる。帰化人系の氏族である秦氏の氏寺であり、平安京遷都以前から存在した、京都最古の寺院である。国宝の弥勒菩薩半跏像を蔵することで知られ、聖徳太子信仰の寺でもある。Dscn0467

JRの駅を出ると「東映太秦映画村」の看板があった 水戸黄門 等時代劇のほとんどはここで撮影されている 見学もできるDscn0469

徒歩10分で広隆寺の駐車場に着いた 駐車場より境内までの間に巨木がある 一本の根から巨木が2本立っているのには驚かされる Dscn0470

楼門は非常に大きく豪華である。 楼門を入り、参道を進むと右手に講堂(重要文化財)、左手に薬師堂、能楽堂、地蔵堂(平安時代の地蔵菩薩坐像を安置)などがある。     Dscn0482

参道正面には享保15年(1730)に建立された本堂にあたる上宮王院太子殿(じょうぐうおういんたいしでん)がある 
講堂を右手に見ながら石畳の参道を進むと、重々しい大屋根を戴く貴族の住宅風の建物が正面に聳えている。
秘仏の本尊・聖徳太子立像を内陣に安置していている 開扉されるのは毎年11月22日に行われる御火焚祭(おひたきまつり)のときだけである    Photo_2

講堂(重要文化財)
正面5間、側面4間、寄棟造、本瓦葺き。瓦銘や近世の絵図によれば元は「金堂」と呼ばれていた。永万元年(1165年)の再建で、京都市内に残る数少ない平安建築の一つであるが、永禄年間(1558-1570)に改造を受け、近世にも修理を受けていて、建物の外観や軒回りには古い部分はほとんど残っていない
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その手前右手に太秦殿(秦河勝を祀る)、左手(西)には書院
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霊宝殿
仏像を中心とした広隆寺の文化財を収蔵展示する施設で、1982年の建設である。国宝の弥勒菩薩像2体、十二神将像などはここに安置されている。西隣の旧霊宝殿は192年、聖徳太子1,300年忌を期に建設されたものです
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木造弥勒菩薩半跏像 HPより 
123.3センチメートル(左足含む)、坐高は84.2センチメートル。アカマツ材の一木造で、右手を頬に軽く当て、思索のポーズを示す弥勒像である。像表面は、現状ではほとんど素地を現すが、元来は金箔でおおわれていたことが、下腹部等にわずかに残る痕跡から明らかである。右手の人差し指と小指、両足先などは後補で、面部にも補修の手が入っている

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京都三大奇祭として知られる牛祭は、近年は不定期開催となっている。(明治以前は旧暦9月12日の夜半、広隆寺の境内社であった大酒神の祭りとして執り行われていた。明治に入りしばらく中断していたが、広隆寺の祭りとして復興してからは新暦10月12日に行われるようになった。仮面を着けた「摩吒羅(またら/まだら)神」(摩多羅神)が牛に乗り、四天王と呼ばれる赤鬼・青鬼が松明を持ってそれに従って四周を巡行し、薬師堂前で祭文を独特の調子で読んで参拝者がこれに悪口雑言を浴びせる。祭文を読み終わると摩吒羅神と四天王は堂内に駆け込む。 HPよりPhoto_7

門前の道路には嵐電が路面を走ってる 太秦広隆寺前から嵐電天神川まで2駅を乗車して地下鉄太秦天神川 に乗り換えて烏丸御池で下車。Dscn0485

烏丸御池で下車して徒歩10分 京都の中心部 ビルが乱立している中に六角堂があった

六角堂 HPより
寺号は頂法寺(山号を冠して紫雲山頂法寺)であるが、本堂が平面六角形であることから、一般には「六角堂」の通称で知られる。
華道、池坊の発祥の地としても知られる

聖徳太子が幼い頃、淡路島の岩屋に小さな唐櫃が流れ着き、太子が蓋を開けると中から黄金でできた一寸八分の如意輪観音の像が出てきました。そこで太子は、自分の持仏として大切にしました。そのころ太子は物部守屋と争っていたので、如意輪観音に勝利を祈り、「勝たせていただければ、四天王寺を建立いたします」と誓いを立てました。勝利をおさめた太子は用明天皇2年(587年)、大阪四天王寺建立のための用材を求めてこの地に来られました。
ある日、泉のかたわらにある多良の木の枝に護持仏をかけて沐浴をされ、終わって仏を手に戻そうとされたが、どういうわけか、枝から離れません。その夜、「お前の守り本尊となってから、すでに7世が過ぎた。これからは、この場所にとどまって衆生の救済に当たりたい」、という仏のお告げを夢で見られました。信仰心篤い太子は、ここにお堂を建てようと決心しました。そこへ一人の老翁がやってきたので、「この辺りに観音のお堂を建てるにふさわしい木はないか」と尋ねました。老翁は「この近くに杉の巨木があります。毎朝紫の雲がたなびく霊木です。あの木を使うとよいでしょう」と言って去りました。老翁に教えられた場所に行くと、一本の杉の木があったので、それを伐ってこの地に六角の御堂を建てて護持仏を安置されたと伝えられます。
ビルに囲まれた六角堂 正面のビルは「華道池坊本部ビル」
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本堂
平面六角形の屋根を二重に重ね、手前には入母屋造、千鳥破風付きの礼堂を設ける、複雑な屋根構成になる。明治10年(1877年)の建立。内陣には秘仏本尊如意輪観音像を安置し、向かって左に毘沙門天立像(重要文化財)、右に不動明王立像を安置する。原則として、参拝者は堂内に立ち入ることはできず、堂外からの参拝となる。

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お寺の横のビルにエレベータが有りそれに乗ると六角堂の全景が見れたPhoto_3

池坊 HPより
六角堂の北面に、太子が沐浴されたと伝えられる池跡がありますが、この池のほとりに小野妹子を始祖と伝える僧侶の住坊があったので「池坊」と呼ばれるようになりました。池坊の祖先は、朝夕宝前に花を供えてきましたが、ついには代々いけばなの名手として知られるようになり、いけばながひろがりました。
「池坊」由来の場所 聖徳太子沐浴の池跡太子堂西側にある石でできた井筒は、聖徳太子沐浴池跡と伝えられる場所で、池の側に僧侶の住坊を立てたという池坊の名称の由来ともなったところです

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池坊の僧は、頂法寺の住持として本尊の如意輪観音に花を供えることとなっており、花の生け方に別格の妙技を見せることで評判となっていたことが15世紀の記録に残されている。文明年間(1469年-1486年)に池坊12世専慶が立花(たてばな)の名手として知られ、ここから池坊としての立花が生じ、天文年間(1532年-1555年)には、池坊13世専応が度々宮中に招かれて花を立てた

太子堂 
本堂背後の人工池に面して建つ、平面六角形、朱塗りの小堂。
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南無仏太子像(聖徳太子2歳像)を安置する
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へそ石
本堂東側、柵で囲われた中に平面六角形の平らな石があり、「へそ石」または「要石(かなめいし)」と呼ばれる。旧本堂の礎石と伝えられ、頂法寺が平安京造営以前から存在し、位置もほぼ移動していないことから、この石が京都の中心あるといわれている。石の中央に孔があり、元来は燈籠等の台石であったと思われる

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親鸞堂
境内右手奥に建つ六角堂。夢告を授かる姿の「夢想之像」と六角堂参篭の姿を自刻したとされる「草鞋の御影」の2体の親鸞像が安置される。また、親鸞堂の正面には、参籠から叡山に戻る姿の親鸞の銅像が立つ

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その後 徒歩で「本能寺」「行願寺」地下鉄で京都駅 徒歩で「東寺」を訪ねJR快速で帰阪した 一日で京都をこれだけ回れるとは思わなかった が ・・・

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