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2014年3月13日 (木)

奈良公園・興福寺・東大寺・春日大社

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奈良県 奈良公園 小生が20歳前後の頃来てから50年ぶりに訪ねた。去年「正倉院」展に行ったが「国立奈良博物館」に行っただけで奈良公園の散策はしていない
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今回は近鉄電車で行く事に決め「土師ノ里」駅の駅員にルートを教えて頂いた
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近鉄南大阪線「土師ノ里」駅から二つ目の駅「古市」で吉野線に
乗り換え「橿原神宮」今度は京都線に乗り換え「西大寺」ここでも乗り換え奈良線に「近鉄奈良駅」まで3回乗り換え 運賃800円1時間32分 田園風景を楽しみながら 列車の旅もいいもんだ。だが随分遠回りだ
近鉄奈良駅前
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近鉄奈良駅から歩いて「猿沢の池」の手前に高校生時代の友人の家がまだあった。今では日本を代表する「墨屋」さんらしい

古梅園製墨 HPより

「墨」という名は「染み」からなまり伝えられたものといわれています。

 我が国へは推古天皇の18年(西暦610年)高句麗の僧、曇徴が製墨法を伝えたといわれ、奈良墨は応永七年(西暦1400年)奈良興福寺で造られたのが初めで、元文4年(西暦1739年)古梅園六世 松井元泰が故郷奈良にて製墨を始めまして四百有余年名墨を造るようになった。


製造工程 http://kobaien.jp/koutei

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猿沢の池の前に「興福寺」がある
興福寺が行う「放生会」の放生池として、天平21年(749年)に造られた人工池である。放生会とは、万物の生命をいつくしみ、捕らえられた生き物を野に放つ宗教儀式である

猿沢池七不思議 
澄まず・濁らず・出ず・入らず・
蛙はわかず・藻は生えず・魚が七分で水三分

猿沢池の水は、決して澄むことなくまたひどく濁ることもない。水が流入する川はなくまた流出する川もないのに、常に一定の水量を保っている。亀はたくさんいるが、なぜか蛙はいない。なぜか藻も生えない。毎年多くの魚が放たれているので増える一方であるにもかかわらず、魚であふれる様子がない。水より魚の方が多くてもおかしくないような池
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藤原鎌足夫人の鏡大王が夫の病気平癒を願い、鎌足発願の釈迦三尊像を本尊として、天智天皇8年(669年)山背国山階(現京都市山科区)に創建した山階寺(やましなでら)が起源である。壬申の乱のあった天武天皇元年(672年)、山階寺は藤原京に移り、地名の高市郡厩坂をとって厩坂寺(うまやさかでら)と称した。

和銅3年(710年)の平城遷都に際し、鎌足の子不比等は厩坂寺を平城京左京の現在地に移転し「興福寺」と名付けた。この710年が実質的な興福寺の創建年といえる。中金堂の建築は平城遷都後まもなく開始されたものと見られる。

その後も、天皇や皇后、また藤原家によって堂塔が建てられ整備が進められたPhoto

猿沢の池の前を登ると「興福寺三重塔」がそびえる 

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三重塔の上に「北円堂」右に「南円堂」がある

西国三十三所第九番札所
弘仁4年(813)藤原冬嗣(ふゆつぐ)が父 内麻呂(うちまろ)追善の
為に建てた。基壇築鎮壇には弘法大師が係わった事が記されているDscn0407

光明皇后 興福寺を創建した藤原不比等の娘。
東大寺を創建し大仏を造立した聖武天皇の皇后。

~日本で2番目に高い五重塔~

興福寺の五重塔は、高さ50.1メートル。 奈良時代の特徴を残しつつ、中世の豪快な手法も取り入れられている。

~木造塔の高さベスト3~

1位 東寺五重塔 2位 興福寺五重塔 3位 法観寺五重塔(八坂の塔)

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興福寺・中金堂再建-HPより
 世界遺産にも登録され、日本で最も有名な仏像の一つである「阿修羅像(あしゅらぞう)」がある「興福寺」では、「中金堂」の「中金堂平成再建工事」が行われています。
 
 「
中金堂」は、奈良時代初めに創建され、平安時代以降7度焼失し、再建が繰り返されましたが、1717年に消失した後は本格復興はされませんでした。
 創建当初の「中金堂」の規模は、東西36.6m、南北23m、最高高さ21.2mの非常に立派な建物だったそうです。
  

 再建される中金堂は2010年10月に「立柱式」を終え、2018年の落慶を目指します。再建には60億円という多額の費用が見込まれています。

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興福寺を出て公園内を東大寺に向かった交差点に 漢字が違う登大路のぼりおおじ)地下道」があった 地下道内は中国語が飛び交っていたDscn0414

大仏殿の参道わきにいた「鹿」はクサリを噛んでいた 歯磨きかなDscn0420

東大寺の伽藍の中央に位置し、境内で最大の建物である。

現存する大仏殿は、正面の幅57.5m、奥行き50.5m、棟までの高さ49.1m。奥行きと高さは創建当時とほぼ同じだが、幅は創建当時(約86m)の約3分の2になっている。

「東大寺要録」の「大仏殿碑文」によると創建時の大仏殿の規模は、幅29丈(約85.8m)、奥行き17丈(約50.3m)、高さ12丈6尺(約37m)、柱数84という。

大仏殿の正面には、国宝に指定されている金銅八角燈籠がある。Photo

東大寺金堂 静寂が保たれているはずの堂内は中国語であふれていた。添乗員に尋ねると「春節」(日本のお正月)前から中国からの観光客が昨年の3倍以上来日しているらしい  日中間の諸問題は国に任せて民間人はやはり 韓国よりシンガポールより日本を観光したいらしい シルクロード最後の古代都市 奈良の都は「外人」と「鹿」でいっぱい

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小生も久しぶりの参拝 改めて大仏の大きさに感動した Dscn0432

大仏さんの右奥に大仏さんの大きさが分かるよう部材が展示してある。その前に大仏殿を支える柱の下に「鼻の穴」 と同じの大きさの穴が開けられている。穴から子供が出てきた お母さんが写真を撮っていた
お父さんが出てきた 大人でも「くぐれるんだ」小生はあたりを見渡したが誰も居ない 穴に頭を入れた肩も入った だが
 腹が 腹が・・・ 中国人が団体でやってきた あわててバックした シャツがめくり上り背中が丸出し 中国人は律義にも大きな拍手を呉れた (||li`ω゚∞)

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自分の腹を撫でながら ため息を付きながら衣を直し外に出た。国宝の鐘楼を横に見て昼食の為土産物屋に入った わらびもちが美味しかった

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東大寺二月堂(とうだいじにがつどう)
奈良時代(8世紀)創建の仏堂。現存する建物は1669年の再建で、日本の国宝に指定されている。奈良の早春の風物詩である「お水取り」の行事が行われる建物として知られる
本尊は大観音(おおかんのん)、小観音(こがんのん)と呼ばれる2体の十一面観音像で、どちらも何人も見ることを許されない絶対秘仏である。建物は2005年12月、国宝に指定された。

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2月堂 2月13日に行われる「お水取り」にはこの舞台に「松明」を持った僧が走り回りその下で火の粉を浴びるとその年「無病息災」で暮らせるという
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東大寺建築のなかで最も古く、寺伝では東大寺創建以前にあった金鍾寺(きんしょうじ)の遺構とされる。752(天平勝宝4)の東大寺山堺四至図(さんかいしいしず)には「羂索堂(けんさくどう)」とあり、不空羂索観音を本尊として祀るためのお堂である。旧暦3月に法華会(ほっけえ)が行われるようになり、法華堂、また三月堂ともよばれるようになった3_3

若草山 
   
 山全体が芝生でおおわれており、三つの笠を重ねたようなので三笠山ともいいます。高さ342m、広さが33haあり、山内のあちらこちらで鹿を見ることができます。春には桜、秋の紅葉、ススキと四季折々の自然を楽しむことができますDscn0453

若草山では「鹿せんべい」投げが行われ 大人も子供も歓声を上げ夢中になっていた せんべいの落ちるところには鹿が群れていた小生も参加したかったが すでに100名以上の人が行列していたDscn0455

春日春日大社 HPより

和銅3年(710)藤原不比等が平城遷都の際、藤原氏の氏神を祀ったのが起こりとされています。神護景雲2年(768)今の地に社殿を造営。興福寺と同様、藤原氏が勢力を伸ばすにつれ盛んに社殿の造営が行われ、平安後期に現在のような規模を整えました。皇族や貴族の春日詣もさかんとなり、また中世以降になると武家や庶民にも信仰がひろまり、全国各地に御分社がつくられるまでになりました。“万燈籠”で知られるさまざまな形の釣燈籠、石燈籠の多くは庶民の寄進によるものだということからも、庶民信仰の深さを伺い知ることができます。

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当社の燈籠は石燈籠約2000基、釣燈籠約1000基の合計約3000基あります。中でも全国で2番目に古い石灯籠といわれている Dscn0462

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毎年2月節分の日と8月14・15日にすべての燈籠に火を入れる“万燈籠”の行事が行なわれ、その幻想的な美しさに、多くの参拝客が訪れます この形をした灯篭は「春日灯篭」と言われる
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    本殿

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春日大社のお参りを済ませ若草山に戻ったPhoto_8

若草山の山焼きは 古都奈良の早春を告げる伝統行事、夜空を焦がす壮観さは圧巻です。毎年1月第4土曜日に開催(点火不能な時は翌週へ順延)。
当日は、山麓にて午後からイベントや式典が行われ、山焼き直前の大花火は、澄みきった冬の夜空を鮮やかな光と色で染め、その豪華な号砲で山焼きがスタートします

若草山 山焼き

http://www.youtube.com/watch?v=rWf2N6qQf3Mす。 

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帰りはJR奈良駅から「大和路線」で柏原まで帰り近鉄に乗り換え
道明寺から徒歩で帰宅した

今は観光案内所 昔の姿を留める「国鉄時代の奈良駅駅舎」Dscn0466

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       猫好きの方必見    


島根県松江市東出雲に住む小生の長女は猫好きが高じて

 ”猫の首輪”や関連商品の販売を始めた

Atelier Mew (アトリエミュー ) 本社
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構内に有る ミニチュア庭園
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このブログの右袖 一番下にリンクが貼ってあります

 
http://nekos.ocnk.net/20130512_5b2691          
https://ja-jp.facebook.com/NekosbyAtelierMew

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