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2015年8月13日 (木)

京都栂尾 神護寺・西明寺・高山寺・

8月13日の誕生花       ダリア
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花言葉         華麗、優雅、威厳
813

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    今度は京都西北の栂尾を訪ねた
,

   デューク・エイセス 女ひとり 
https://www.youtube.com/watch?v=25RJjgKOGdI
 

(2) 京都 栂尾(トガノオ) 高山寺  恋に疲れた 女が一人
  大島紬(ツムギ)に つづれの帯が 影を落とした 石畳
  京都 栂尾 高山寺 恋に疲れた 女が一人

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京都西北の高雄山・神護寺、槙尾(まきのお)山・西明寺、

栂尾(とがのお)山 高山寺は三尾の名刹として知られ、

京都屈指の「高雄の紅葉」で有名です。

 JR天王寺駅で京都までの乗車券を購入 京都駅前から

バスで1時間 JRバス「山城高雄」下車 
神護寺を目指したが

バス停から神護寺まで約25分こんなに歩くとは思わなかった。

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参道までたどり着き「やれやれ」と一息入れたら絶望的な階段
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何度も何度も休憩して 大汗掻いて石段を登っていくと、

やっと楼門が望めた。神護寺は「和気清麻呂」が建てたお寺を

由緒とする真言宗の寺院で、和気清麻呂の御廟もある


楼門
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境内図  
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神護寺 HPより
,

平安遷都の推進者である和気清麻呂(わけのきよまろ)が国家安泰を祈願して建立した「神願寺」と、同じく清麻呂がこの地に建てた「高雄山寺」を空海が天長元(824)年に和気真綱、仲世の要請により合併させて「神護国祚真言寺(じんごこくそしんごんじ)」と改めます。その後荒廃しましたが、平安時代末期に文覚上人が後白河法皇や源頼朝の助力を得て復興します。伝平重盛像・伝源頼朝像・伝藤原光能像の神護寺三像や薬師如来立像などの文化財があります。厄除けの「かわらけ投げ」ができる場所としても有名です。

毘沙門堂(奥)と五大堂(手前)
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まだあった フゥ^~ 金堂へ進む階段
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金堂                                 
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大木造薬師如来立像                      
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絹本著色釈迦如来像
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山水屏風
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大師堂(重要文化財)
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神護寺の境内の一番奥にかわらけ投げが有った
,

地蔵院前の展望広場から錦雲峡に向かって投げる「かわらけ

投げ」。境内の売店で売られている素焼きの皿「厄除かわらけ」

を思いっきり投げて、人生何回目かの厄除けを行った

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和気清麻呂といえば……
,

奈良時代後期に道鏡が称徳女帝に取り入り皇位につこうと

した野望を阻止した人物として知られ、平安初期には長岡京

から平安京への遷都を進言したのも彼だ 
天皇家を守った

忠臣として戦前は紙幣の顔になった

和気清麻呂御廟

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男一人でも大変なこの神護寺には「女一人」

主人公は たぶん 来てないだろう
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神護寺のあの絶望的な階段を下り、川沿いを歩いて西明寺へ。
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槇尾山西明寺
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土産物店、旅館の立ち並ぶ通りを抜けて西明寺に向かった

約15分で着いた。神護寺、高山寺にくらべ知名度の低い

このお寺は参拝客も両寺に比べると少なく、静かだった。


左手に清滝川に架かる朱塗りの橋、指月橋が見えてきた

朱色の橋の下は清滝川、
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橋を渡り、拝観料300円を払って西明寺境内に。

西明寺 HPより

真言宗大覚寺派の寺院 弘法大師の高弟智泉大徳が

神護寺の別院として創建したと伝えられる。明恵も少時

住んだ事がある。その後荒廃したが建治年間(1275~78)に

和泉国槇尾山寺の我宝自性上人によって中興される。

現在の本堂は元禄13年(1700)に桂昌院によって再建された

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表門を潜るとまず槇の巨木が目についた。境内には樹齢

600年のマキの老木がありこの木が槇尾の由来となった

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本堂に安置されている釈迦如来像は鎌倉時代の

仏師運慶によるもので重要文化財に指定されていた
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西明寺への石段から見降ろすと、緑の木々の間から

清滝川が見え 流れる川の水音が清々しいです

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西明寺から高山寺まで歩いて10分ほどで着く。

 高山寺の前にある「とが乃茶屋」で昼食を頂いた

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すぐ下を川が流れていて、涼しい風が吹きあがってくる
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せせらぎを聞きながら名物 にしんそば を頂いたPhoto_10

高山寺  HPより

宝亀5年(774年)に光仁天皇の勅願によって華厳宗寺院と

して開創され、神願寺都賀尾坊と称したと伝えられている。

弘仁5年(814年)には度賀尾十無尽院に改称、また平安時代

初期には天台宗の寺院となり、度賀尾寺(とがのおじ)と

改称されたといわれている。その後一時荒廃したようだが、

平安時代末期には文覚によって再興されたという。

建永元年(1206年)に後鳥羽上皇の院宣により、華厳宗復興

の道場として明恵上人に与えられ高山寺と改称した

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参道

バス停の傍から裏参道がついており、この「裏参道」を

上がると「石水院」の横に出る 裏参道は道幅が狭く多人数

が容易にすれ違うことのできない場所もあるが、バス停や

駐車場に近いためか、裏参道の方がよく利用されている

ようで、寺の案内、解説板もこちらの方が充実している

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高山寺の当時の伽藍は、大門や金堂、三重の塔の他に、

阿弥陀堂、羅漢堂、鐘楼、経蔵、鎮守社がありましたが、

ことごとく焼失して、鎌倉時代の建物は、かつて経蔵と

呼ばれていた石水院のみになった。

参道を上りきると「石水院」の入口に当たる小さな門に着く

高山寺で山門らしきものはこれだけである。門をくぐって左に

折れると石水院拝観の受付があり、ここで拝観料を払って

右手の廊下を進むと「石水院」の中に入ることができる。

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石水院

この石水院には国宝に指定されている、現在の石水院は

1888年にこの場所に移されてきたものです

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石水院には「壁」と呼べるものも「雨戸」と呼べるものも無かった
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番外側の部屋にあたる場所の中央には、「善哉童子」の

小さな木彫りの像が置かれていた。小さな手を合わせて

いるこの像は、長い間一人でここにいて寂しくないのだろうか。

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欄間に富岡鉄斎筆「石水院」の横額がかかる。
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文化財も数多くありますが、そのほとんどが非公開で、

公開されているものはこの石水院と明恵上人樹坐像だけで

有名な伝鳥羽僧正作の「鳥獣戯画」もありますが残念ながら、

見ることができるのはレプリカです。11メートルにも及ぶ長い

絵巻物ですが、これは高山寺が焼き払われた後 後年の

高山寺の人々が修復し、つなぎ直されたものです。

擬人化された兎や蛙がユーモラスに描かれた作品は誰

しもが どこかで見たことあるはずだ。絵巻物ではあるが、

詞書はないので、最古の漫画とも言われる作品だ。

鳥獣人物戯画(甲巻部分)兎と蛙の相撲の場面

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華厳宗祖師絵伝(部分)竜と化した善妙が義湘の船を護る
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日本最古の茶園

石水院の門の横にある参道を挟んで、竹製の柵のある「茶畑」

があります。現在は茶畑として機能はしていないようですが、

日本最古之茶園と印された石柱があります。

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鎌倉時代の初め、栄西禅師が栂尾山に茶種を植えたのが、

茶の発祥地とされています。高山寺を実質的に開基した

明恵は、宋からお茶をもたらした

鎌倉時代後期から南北朝時代に「闘茶」という遊びが出て

くるが、の遊びは栂尾産のお茶を「本茶」、それ以外は

「異茶」として、「本茶」を当てるゲームなのだ。

,

「きき酒」ならぬ「きき茶」のようなもんだ
,

開山堂
,

石水院の横の参道を上がると有ります。明恵上人樹坐像が

安置されていて、これは重要文化財にも指定されています

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開山堂に安置される等身の明恵上人像である。黒衣に袈裟

を掛け、念珠を持つ。その表情には厳しさと温かさとが並存し、

上人の相貌をよく伝えてる

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明恵上人御廟

「開山堂」の上には明恵上人の「御廟」がある「御廟」には

明恵上人が詠んだ歌 『山のはにわれも入りなむ月も入れ 

夜な夜なごとにまた友とせむ』のた碑が立てられている

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仏足石
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仏足石とは、お釈迦様の足を石に刻んだもので、崇拝の

対象となるものです。この高山寺にも仏足石があり、仏足石

参道の石碑も建てられています

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金堂(本堂)

高山寺の最も奥にあるのが金堂です。表参道を上ると真っ

直ぐ金堂まで抜けるようになっています。

この金堂は、同じく世界遺産に登録されている、仁和寺から

移築されたもので、釈迦如来像が本尊として安置されている

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「女ひとり」の旅を 「男ひとり」の巡礼は終わった

作詞をされた 永六輔さんは全部を尋ねられたのだろうか


永六輔作詞、いずみたく作曲、デューク・エイセス


「にほんのうた」シリーズの一曲。(カラオケ)

http://www.uta-net.com/movie/1207/



デューク・エイセス 女ひとり 
https://www.youtube.com/watch?v=25RJjgKOGdI

(1) 京都 大原 三千院   恋に疲れた 女が一人

結城(ユウキ)に塩瀬の 素描の帯が 池の水面に 揺れていた

京都 大原 三千院  恋に疲れた 女が一人

(2) 京都 栂尾(トガノオ) 高山寺  恋に疲れた 女が一人

大島紬(ツムギ)に つづれの帯が  影を落とした 石畳

京都 栂尾 高山寺  恋に疲れた 女が一人


(3) 京都 嵐山(ランザン) 大覚寺  恋に疲れた 女が一人

塩沢がすりに 名古屋帯  耳を澄ませば 滝の音

京都 嵐山 大覚寺  恋に疲れた 女が一人

勿論今回も小生の愛する旅の友達エアーサロンパスが

3回も活躍したことに感謝しています

帰りのバスは栂尾始発なので、一番前に座れた。

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;

  人生で一番長い休暇 今こそ 青春


歩ける内 見れる内 好奇心が衰えない内

何でも見てやろう どこへでも行ってやろう


   次の世に持って行く土産話のために
  

   素晴らしい「終活」を楽しむために


    最後の時に 生かしてくれて


    有り難う と 言いたいために


♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;

           アトリエ・ミュー 通信        

              猫好きの方必見       

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 このブログの左袖 一番下にリンクが貼ってあります 

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