Week weather

フォト

他のアカウント

ランキング参加中

無料ブログはココログ

« 美保関・セイゴ・サゴシ・往来船 | トップページ | 美保関 サゴシ »

2019年1月10日 (木)

近鉄奈良橿原線ー3 唐招提寺-1

1月10日    レンギョウ (連翹)

花言葉:  希望、希望の実現、豊かな希望
110


. ..。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

Heijyokyo_3

唐招提寺

奈良県奈良市五条町13-46  電話番号:0742-33-7900
最寄り駅:近鉄橿原線「西ノ京駅」から徒歩約9分
Photo

薬師寺の拝観を終えて静かな通りを、北へ道路幅が狭い所

もあるが 
約10分歩くと唐招提寺に突き当たりまる
1

突き当りを右に曲がると 左に唐招提寺南大門が見えます。
2

南大門の前は土産物店がせり出し道が狭くなっています。

南大門は 柱五間の中央を三扉とする切妻造の門。

天平様式を模して1960年(昭和35年)に再建されました。

Cimg2708

南大門の左に拝観受付が有り拝観料を支払い門を潜ります

正面に金堂が。有ります。

Cimg2709

右の寺務所で御朱印を頂けます
Cimg2784 Cimg2783

金堂に向かって少し」歩けば 左に1998年12月に世界文化

遺産に登録された記念碑が有りました

Cimg2710

境内案内図 境内は相当広いことが分かります。
Cimg2711

Placeguide_toshodaiji_img_pic07_pc

唐招提寺は鑑真大和上(がんじんだいわじょう)により759年に

創建されたお寺です。唐招提寺は、南都六宗の一つである

律宗の総本山です。鑑真大和上は、多くの苦難の末、来日

され 東大寺で5年を過ごした後、新田部(にたべ)親王の

旧宅地
(現在の奈良市五条町)を下賜されて、天平宝字3年

(759)に戒律を学ぶ人たちのための修行の道場を開きました。

「唐律招提」と名付けられ鑑真和上の私寺として始まった

当初は、講堂や新田部親王の旧宅を改造した経蔵、宝蔵

などが有るだけでした。金堂は8世紀後半、鑑真和上の弟子

の一人であった如宝の尽力により、完成したといわれます。

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

南大門の正面にあるのが金堂(こんどう)です。2000年1月に

「金堂平成大修理事業」が始まり、2009年11月に落慶した。

6

修学旅行の学生が沢山参拝している金堂(南東より望む)
2

金堂 正面吹き放し部は国宝で奈良時代建立の寺院金堂と

しては現存唯一のものである
(奈良・新薬師寺の本堂は奈良時代

の建築だが、当初から本堂として建てられたものではない)。2000年

から解体修理(「平成の大修理」)が行われ、2009年11月1日

~3日に落慶行事が行われた。寄棟造、本瓦葺きで、大棟の

左右に鴟尾を飾る。このうち西側の鴟尾は創建当初のもので、

東側は鎌倉時代の元亨3年(1323年)の補作であったが、

いずれの鴟尾も劣化が甚だしいため、平成の大修理に伴い、

屋根上から下ろして別途保管することとなり、屋根上には

新しい鴟尾が飾られている。

3

    金堂内部の諸仏  向かって右より薬師如来立像、

        盧舎那仏坐像、千手観音立像
13

乾漆廬舎那仏坐像 - 像高304.5センチメートル。奈良時代

末期、8世紀後半の作とされる。廬舎那仏は、大乗の戒律を

説く経典である『梵網経』(
5世紀頃中国で成立)の主尊である。

像は千仏光背を負い、蓮華座上に坐す。麻布を漆で貼り固

めて造形した脱活乾漆像である。唐招提寺は私寺であるが、

本像は制作に手間の掛かる脱活乾漆像であることから、

造東大寺司の工人による作と推定されている。

光背の千仏は864体が残る。
32


向かって右に安置される「木心乾漆薬師如来立像」は 像高

336.5cm。廬舎那仏像とは造像技法が異なり、木心に木屎漆

(こくそうるし)を盛り上げて造形した木心乾漆像である。

かつては奈良時代の作と考えられていたが1972年の修理時

に左の掌の内側に3枚の古銭が納入されているのが発見され、

そのうち最も年代の下る隆平永宝が延暦15年(796年)以降

の鋳造であることから、本像の制作もそれ以降、つまり平安京

遷都後となる。光背はこの像のものとしては幅が広すぎ、

他の像の光背を転用したものと推定されている。

33_3

向かって左に安置されている「木心乾漆千手観音立像」は

像高535.7cm。奈良時代末期の作で、廬舎那仏像よりはやや

時代が下がるとされている。千手観音像は40手
(合掌手を

含めて42手)で千手を代表させるものが多いが、本像は実際に

1,000本の手を表した例で、大手42本の間に小手をびっしりと

植え付ける。現状は大手42本、小手911本、計953本であるが、

制作当初は計1,000本の手を有したものと思われる。
34_5


前には木造四天王立像が安置されている
31_3

金堂 持国天 像高185.0㎝

『週刊日本の仏像唐招提寺』は須弥壇の南東を守る持国天。

持国天は緑青、増長天は肉色、広目天は白緑、多聞天は

群青で顔を彩られていたとされるという。

剣を左手でにぎり、それを右手に持ち替えようとしている

面白い頂部飾りのついた兜はめくれ上がり独特の風貌である。

20

増長天 像高187.2㎝ 

『日本の仏像』は、須弥壇の南西隅に立ち、三鈷杵を握った

右手を振り上げる増長天。吽形に口を結ぶ持国天に対し、

阿の形に口を開くという。胴部が初唐期ほど細くはないに

しても、すっきりとした体型でいわゆる盛唐の塊量感ではない。

大きな髷を結い、兜は被っていない。左手は腰に当て、天衣

を抑えている。右手は三鈷杵を振り上げるが、顔はそれほど

威嚇的ではない。四天王の中では最も動きがある。

201

広目天 像高186.3㎝ 

左手に持った経巻を腰脇にかまえ、右手は胸前で筆を持つ。

『週刊日本の仏像』は須弥壇の北西隅に立つ。鎧の表現は

簡明で平安初期から一般的になる大袖の端をしぼる形式が

見られるという。大袖の端を結わえた天部像も、唐の新しい

様式だった。宝珠のようなものを頂部につけた日除けの翻る

兜だがあまり目立たない。左手に巻子、右手に筆の持物の

広目天像である。

203

多聞天 像高188.5㎝

左腰脇で三叉戟を握り、右手は窟臂して宝塔を捧げる。

『週刊日本の仏像』は、金堂須弥壇の北東隅で右手に宝塔を

捧げ持ち、左手に戟をとる多聞天。鎧や脛当てなどには

漆箔を施し、その上に文様を描いていたとみられるという。

左手で戟を立て右掌には宝塔をのせる。増長天と同じような

髪型で、顔は丸いが、体は肉付きが良い程度で塊量感はない

204

金堂の前を左に進むと 境内西側に戒壇がある。戒壇は、

出家者が正式の僧となるための受戒の儀式を行う場所。

戒壇院の建物は江戸時代末期の嘉永元年(1848年)に

放火により焼失して以来再建されず、3段の石壇のみが

残っている。1978年にインド・サンチー式の古塔を模した

宝塔が壇上に置かれた。唐招提寺の戒壇は創建時建立説

と、鎌倉時代の弘安7年(1284年)初建立説とがある。
11

戒壇から金堂の方へ戻ると金堂と講堂の間に鐘楼が有る
Cimg2714

           右 金堂 奥 講堂
Photo_3

講堂(国宝)。入母屋造、本瓦葺き。正面9間、側面4間。

平城宮の東朝集殿を移築・改造したもので、天平宝字4年

(760年)頃、平城宮の改修に伴って移築された。東朝集殿は

壁や建具のほとんどない開放的な建物で、屋根は切妻造で

あったが、寺院用に改造するにあたって屋根を入母屋造とし

建具を入れている。鎌倉時代の建治元年(1275年)にも改造

されているが、奈良時代宮廷建築の唯一の遺構として

極めて貴重である。
4

堂内には本尊弥勒如来坐像(重文、鎌倉時代)と、持国天、

増長天立像(重文、奈良時代)を安置する。1970年に新宝蔵

が完成するまでは、堂内に多数の仏像を安置していた。また、

講堂は僧侶が習学するための空間であったことから講師、

読師が座る論義台が置かれる。

「木造弥勒仏坐像 」 像高283.3cm。鎌倉時代の作。膝裏には

弘安10年(1287年)の記があるが、『招提千歳伝記』によると

開眼供養は5年後の正応5年(1292年)である
Photo_3

「木造持国天像 132.5㎝ 

『鑑真和上展図録』は、持国天像は動きが穏やかで緊密感

がゆるくなった個所もあり彼像にならった当代日本の仏工の

手ともみられるという。『週刊日本の仏像』は、右肩口から先

と左手大袖以下、両沓先部分などは後世に造り直されたもの

で、足下の邪鬼も後補であるが、もとは一緒に彫り出していた

可能性もあるという。左右対称に折り重なる襞という飛鳥

白鳳期の裳裾の表現法が現れている。
212_2


増長天像 像高128.2㎝

『鑑真和上展図録』は、充足感ある肉取りに優れ体勢の均衡

も整い、大陸的な厳しい顔つきをあらわすという。金堂の

四天王像とは明らかに違う塊量感である。素地ということで、

目も彩色されないままにも関わらず、邪鬼の目は何かを

象嵌しているかのように黒い。
Photo_2

金堂・講堂の東側に鼓楼(国宝)が有ります。、小規模な

楼造(2階建)の建物で入母屋造、本瓦葺き。鎌倉時代・仁治

元年(1240年)の建築。頭貫は端部を大仏様(だいぶつよう)

の木鼻とする。西側の対称的位置に建つ。鐘楼に対し「鼓楼」

と呼ばれるが この建物には太鼓ではなく、鑑真が唐から

請来した仏舎利を安置しており、そのため舎利殿とも呼ばれる

5
Cimg2715


以下次週に続きます

出典
井上靖、森本孝順 『古寺巡礼奈良9 唐招提寺』、淡交社、
星山晋也 『唐招提寺』、保育社(日本の古寺美術8)、
森本孝順序・徳田明本 『唐招提寺』 学生社、1
『特別展図録 唐招提寺の美術』、奈良国立博物館、
『週刊朝日百科 日本の国宝6号 唐招提寺』、朝日新聞社
『特別展図録 国宝 鑑真和上展』、奈良国立博物館監修、
玉城妙子『唐招提寺 匠が挑む』、小学館、
『東山魁夷小画集 唐招提寺全障壁画』、新潮文庫、
東山魁夷 『唐招提寺への道』、新潮選書、
外部リンク
ウィキペディア
唐招提寺公式HP
唐招提寺の新たな旅立ち(西山厚・奈良国立博物館学芸部長)
唐招提寺とは(TBS) 

  ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

         heart04  heart04 猫好きの方必見  heart04  heart04


  ♪ にゃんことわんこのおしゃれグッズをハンドメイド 
20140628_8766a9

        Neko'sではネコちゃんワンちゃんに
          優しい天然素材を中心に
     オリジナルのおしゃれなカラーやおもちゃ
      オーナーグッズなどをハンドメイドで
          製作・販売しています♪
        シニア世代・病中病後に必要な
         エリザベスカラーや術後服も
        オーダーメイドでお作りいたします。
    店長選りすぐりのネコちゃん・ワンちゃんグッズ
     インテリア・雑貨なども取り揃えております。
       ごゆっくりご覧になってください♡

         
http://nekos.ocnk.net/
  

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;

          2019年1月の新作は
        風車小紋と桜模様の生地で
         リバーシブルの帯を作り
       変わり文庫結びのように作った
     和風の大きなおリボンのカラーです
20181222_982c4f

片側の伸ばした手には大き目ラインストーンがキラキラ
20181222_333d64

ネコちゃんや小柄なワンちゃんにピッタリです 
 (*´ェ`*) 
20181225_7fff81

            DM便送料無料♪
      ぶんこりぼん Price:¥1680(税込み)
      http://nekos.ocnk.net/product/288

« 美保関・セイゴ・サゴシ・往来船 | トップページ | 美保関 サゴシ »

公園・遊園地・名所・旧跡」カテゴリの記事

国内旅行記」カテゴリの記事

歴史探訪」カテゴリの記事

神話」カテゴリの記事

神話 神社  仏閣」カテゴリの記事

美の散策」カテゴリの記事

関西地方」カテゴリの記事