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2021年1月 7日 (木)

高天原・天孫降臨ー4 大和葛城説-1 高天彦神社(たかまひこじんじゃ)

1月7日の誕生花    シクラメン

花言葉:    清純、内気、はにかみ

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高天原・天孫降臨ー4 大和葛城説

高天彦神社
(たかまひこじんじゃ)奈良県御所市北窪158 
    (高鴨神社 社務所が管理しています) 
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高天原
(たかまがはら)とは、日本神話において天照大御神を始めとする天津神が住むとされる場所。
高天彦神社が鎮座する「大和御所市」の山麓一帯が、日本神話に登場する天孫降臨の舞台・高天原だと信じられています。大阪南部と奈良の県境にまたがる葛城・金剛山系は、古代より神奈備山(神宿る山)としての信仰を集めてきました。
 
所在地は「御所」という地名です。葛城金剛山高天台 


奈良県南部の御所市(ごせし)高天。金剛山の麓に広がる台地上に位置する。古くは葛城といわれた地域で、そこにそびえ立つ金剛山は、高天原山といわれていた。付近は天上の神々が住んだ高天原の伝承地で、ここに所在する高天彦神社は延喜式では最高の社格とされた名神(みょうじん)大社で、祭神は葛城氏の祖神高皇産霊(たかみむすび)神。社殿後方の白雲峯(694m)を御神体とする。参道の両側には杉の古木が立ち並び、神さびた雰囲気を漂わせている。古典作品では、『蜻蛉日記』にて『夢ばかり見てしばかりにまどひつつ明くるぞ遅き天の戸ざしは』という和歌があり、さらにこれに続く和歌として『さもこそは葛城山に馴れたらめただ一言や限りなりける』とあることから、天岩戸が葛城山にあったとする理解は遅くとも平安時代まで遡ることが解る。鎌倉時代の『三流抄』には『太神・・・大和国葛城山高間原天岩戸ニ閉籠リ玉フ』とあり、また能の葛城や代主などの舞台もこの地とされていた。江戸時代初頭に新井白石が常陸国説を唱えるまでは、この地が高天原史跡だと考えられていた。


    奈良県御所市の山麓線の道路標識
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高天彦神社の背後に聳える美しい円錐状の山が、ご神体山の白雲嶽(神体山)
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高天彦神社の参道は樹齢数百年の杉の大木に囲まれていて、神々が棲まう場所にふさわしい、神秘的な雰囲気が漂っています。現在途中で通行止めになっており神社まで行けませんでした。
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駐車場の参道入口から境内までは約60m、鬱蒼と茂った杉の大木が参道の両側に聳え立っています。
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      境内入口 一の明神鳥居
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        「高天原跡地」の石碑
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手水盤は他では見られない形をしています。後ろを流れる金剛山の山水を取り入れ蛇口から勢いよく出ています。
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 境内奥にいる嘉永7年生まれの浪速狛犬です。
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     上の境内入口に立つ二の明神鳥居
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拝殿は無く日本の始めに現れた造化三神(天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神)を祀る本殿。明治10年に建造された瓦葺三間社流造りです。  
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        扁額 
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古事記によれば、神武天皇が東征をした際に、途中で様々な勢力と戦いました。土蜘蛛とは、その中の一つの 勢力のことで体は小さくて、手足が長い者たちのもので、昔からこのあたりに住んでいた者たちと考えられています。横穴に住み、狩猟民族だった為に、このころの農耕民族とは違い、蔑まされてきたと言われています。これらの土蜘蛛の怨念が出てこないように、この高天彦神社や葛城一言主神社などに、分けて祀られています。磐座と言われる説もあるようです。
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   本殿の左の軒下にはこんなものが・・・
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広い境内ではないが、多くの境内社が鎮座しています。
本殿に向かって右手に八幡神社が鎮座しています。祭神は、応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、武内宿禰。
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左から稲荷神社 市杵嶋姫神社 御霊神社

● 稲荷社・・・宇迦之御魂命と思われる。
  五穀豊穣、商売繁盛。

● 市杵嶋姫神社・・・市杵嶋姫命。金運、芸能向上、美容。
  宗像三女神のうちの一柱。天照大御神と須佐之男命の誓約によって須佐之男命の持ち物から生まれた。福岡県宗像市の宗像大社や、広島県の厳島神社などに祀られている海の神である。
後世、弁財天と習合したことにより財宝の神、芸能の神などの神格を得る。

● 御霊神社・・・祭神は不明。祟り神が鎮まる祠である。
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境内左から本殿を望む。菅原社の左手にあるこの社は三十八社みそやしゃ)
といい、葛城三十八皇神を祀るとする。
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葛城三十八皇神とは葛城氏歴代の38人の王です。
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本殿に向かって左側に春日神社。天児屋根命・武甕槌命・経津主命・比売神を祀る。
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菅原神社(すがわらじんじゃ)菅原道真公
平安時代の貴族で政治家。稀代の大秀才でありかつ武芸にも秀でた文武両道の人であったが、ライバルの讒言による冤罪で九州の大宰府に左遷された。無実を訴え続けた末に大宰府で死去。天満自在天神となって都に数々の天変地異を引き起こしたため、その祟りを鎮めるべく天満宮が創建された。という恐ろしい神。しかし後世、学問の神、和歌の神、冤罪を晴らす神などなど、ありとあらゆるご神徳を持つ神として昇華し、全国の天満宮あるいは天神社に祀られている。
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御神体山「白雲岳」の聖林で祭祀を行っていたものを、麓に遷座して社殿を創建する際に、山の中腹にあった磐座を持ってきたもの。太古の時代には、この磐座の周辺で祭祀が執り行われていました。

社殿左に明治天皇礼拝祈念石碑があります。
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境内から出て左手に、昔からこの地にあるという「幸せを呼ぶ福蛙」と呼ばれる石があります。
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境内から出て右手には、風情がある水車がありました。
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出典
「高天彦神社」『日本歴史地名大系 30 奈良県の地名』
「高天彦神社」『角川日本地名大辞典 29 奈良県』
外部リンク
ウィキペディア
ウィキメディア・コモンズ
高天彦神社 - 御所市観光協会
高天彦神社 - 奈良県神社庁
高天彦神社 - 神道・神社史料集成 國學院大學

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          2021年1月の新作

 大きな和風のおリボンを作りました♪

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 おリボンは左右アシメトリーに生地を切り替え

 ✨リボンの端にはラインストーンが2つ ✨


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