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2021年3月

2021年3月25日 (木)

高天原・天孫降臨ー6 伯耆国 蒜山説-6  日吉神社・神田神社

3月25日の誕生花  アルストロメリア

花言葉:  持続、エキゾチック、援助

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https://plaza.rakuten.co.jp/kodaisi/diary/201212080000/ よりシェアー


 天孫降臨は2度行われた。最初は饒速日であり、次に邇邇芸であった。「天孫降臨」という言葉の意味は、「天孫」と「降臨」からなっています。饒速日も邇邇芸も天孫であり、饒速日の降臨を消すために天孫という言葉でひとくくりにした。「天孫」とは、天照大神の孫という意味であり、二人とも天忍穂耳の子だから天孫という。「降臨」とは、神が高い所(蒜山高天原)から低い所(北栄町大島周辺=葦原中津国))に行くことを意味する。

 「饒速日」が海抜920mの鏡ヶ成から野添経由で海抜150mの関金町泰久寺(神田神社=祭神 天照日大御神、天忍穂耳命、日子番能瓊々杵命、日子穂々手見命、鵜葺草葺不合命)に降りてきたから、「降臨」である。ただし、神田神社の祭神は書き換えられている。日子番能瓊々杵命は饒速日であり、日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命は同一人物である。饒速日の降臨は、江府町江尾神社→江府町下蚊帳→江府町鏡ヶ成→野添→神田神社→日吉神社→倉吉八幡神社のある哮峰→倉吉市夏谷のルートであった。

高天原は蒜山である。『天上界にある高天原を地上の蒜山だと最初に唱えた佐竹教諭は不敬罪として昭和3年に朝鮮の中学校に左遷された。

その後、昭和50年代に田村誠一氏、現代では、大阪の大橋氏が提唱しています。高天原は蒜山であるという説です瓊々杵は蒜山の長田神社→加茂神社→関金町の矢送神社→上福田の楯縫神社→北栄町上種の大宮神社のルートで降臨した。邇邇芸は4歳で倉吉市関金町に降りてきました。生まれたのは岡山県旭川下流の湯原町社あたりかもと推測しています。

 

日吉神社・ 鳥取県倉吉市関金町関金宿 

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神田神社・倉坂神社・神郷神社」の共通した祭神

(祭神、天照日大御神・天忍穂耳命・日子番能邇邇芸命・日子穂穂手見命・鸕鷀草葺不合命)
これらの祭神は、伊勢神宮と違い実際にこの地にいたはずである。天孫降臨の地と高天原を行き来していたと蒜山の人は言われる。

 

神田神社  鳥取県倉吉市関金町泰久寺632 https://plaza.rakuten.co.jp/kodaisi/diary/201405070000/ よりシェアー

天孫降臨に先立って、誰がどこに降りてきたかが判るので、後に古事記が書き換えられたのかもしれない。天照大神と月読命が琴浦町伊勢野と琴浦町槻下に降臨していたことは古事記に書いてあったはずである。それを現在の伊勢神宮のために藤原氏は消している。天孫(ニニギ命)よりも天照大神と月読命の降臨のほうが重要である。天孫降臨を古事記に記載するなら、天照大神と月読命の降臨がまっ先に記載されなければならない。

 天照大神・月読命・天忍穂耳命と石凝姥命・手力男命・玉祖命は邇邇芸命や天児屋根命・天太玉命に先立って蒜山の高天原から伯耆国に降りてきていた。天孫降臨までの間、邇邇芸命や天児屋根命・天太玉命は矢送神社の地で邇邇芸命が成長するのを待っていた。矢送り神社の祭神は邇邇芸命・天児屋根命・天太玉命である。

 そのときにはすでに、天照大神・月読命・天忍穂耳命と石凝姥命・手力男命・玉祖命は降臨していた。天照大神・月読命と石凝姥命・手力男命はそれぞれ琴浦町伊勢野・琴浦町槻下と琴浦町倉坂・琴浦町大杉に降臨していた。天忍穂耳命(大物主)と玉祖命はそれぞれ北栄町下神と湯梨浜町長瀬高浜に降臨していた。天照大神が最初に降り立った地は鳥取県琴浦町伊勢野であった。

北栄町の葦原中津国を東と西から挟み撃ちにした格好である。天穂日命と天稚彦命は大国主命に負けたが、天忍穂耳命(大物主)は最初に鏡で大国主命の目を眩ませておいて国譲りに成功した。天忍穂耳命(大物主)は大国主命に勝ったのである。天照大神は伊勢皇大神宮に月読命は月下の宮に居られ、それを守るように倉坂の谷に石凝姥命と大杉の谷に手力男命が居たものと思われる。琴浦町の倉坂集落と大杉集落には縄文時代晩期・弥生時代前期の遺物・遺構があるものと思われる。月読命と天太玉命が居た槻下集落と中尾集落の間からは縄文時代晩期・弥生時代前期の遺物・遺構が見つかっている。

 和久産巣日神と豊宇気毘売神は第二段の邇邇芸命・天児屋根命・天太玉命と一緒に猿田彦に連れられて降臨した。そして和久産巣日神は天太玉命と同じ中尾集落に、豊宇気毘売神は外宮の月下の宮のある槻下集落に到着した。猿田彦が、邇邇芸命・天児屋根命を日向(下種集落と穂波集落)に案内し「次は伊勢に行く(天太玉命・和久産巣日神・豊宇気毘売神を中尾集落と槻下集落に案内)」と言ったのは事実だったのである・

      神田神社 鳥居 扁額

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         社 頭

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          境内社
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           拝 殿

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          本  殿 

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2021年3月18日 (木)

高天原・天孫降臨ー6 伯耆国 蒜山説-5 大原神社・上里神社

3月18日の誕生花     アイリス

花言葉:        使命、伝令
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大原神社 鳥取県倉吉市大原619

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      式内社 波波伎神社の論社。

 

祭神

正哉吾勝勝速日天忍穂耳神

天穂日神 天津彦根神 活津彦根神 熊野樟日神 

素盞嗚神 倉稲魂神 天満天神

旧記によれば大化三年(647年)丁未九月 山城国宇治郷社許波多(木幡)神社より正哉吾勝勝速日天忍穂耳神を勧請し社殿を創建して崇敬する 明徳二年(1391年)祠官村上尚喬国史の命により神殿を再建同時に四柱の神 天穂日神 天津彦根神 活津彦根神 熊野樟日神をそれぞれ別殿に勧請し本摂とともに五社とし五社大明神と称し崇敬の篤かった神社であった。中世の頃社域の南方に神宮寺を設立して密宗の僧都宥看を社僧として祭儀を掌らしたが大永四年(1524年)尼子経久が伯耆の国に乱入の時兵火に遭い神宮寺が焼失 その後は仕える僧侶もなく社殿は年とともに破壊していった。 祠官村上氏は憂慮し天文年間(1530年代)五社を合併して一社とし尊厳を保つことができるようになった 明治維新の際大原神社と改称 末社の素盞嗚神 倉稲魂神 天満天神の三神を合祭した。元禄の頃この神社を伯耆式内六社の一つの波々岐神社と言っていたようである。元禄七年(1694年)米子の住人で元禄町人文化の代表者竹内自安が著わした「伯耆六社みちの記」に「大原の里に行 中略 第二の宮波々岐ノ神社へ先まうて奉らんといえばあるしともなひ 神司村上氏左内尚重の家に行縁起なと望みて聞に神は正勝吾勝尊にておはします 其の外の神々も御同殿にあかめ申せば五社大明神ともいひしとなん…」 大原神社本殿に現在棟札が二基保存されている いずれも元禄時代(将軍綱吉)のもとで一基は貞享二年(1685年)伯劦河村郡上西江大原村 五社大明神拝殿を建立したときのもの 他の一基は宝永四年(1707年)奥山陰道伯劦河村郡上西郷大原村 五社大明神瑞殿再興のときのもので再興記に「この五社大明神は延喜式神名帳3132神中 伯劦河村郡波波伎神社是也」とある。

 

石上神宮は647年に波々伎神社と神社名を変えた。大原神社の前身は石上神宮であったから、素戔嗚命がヤマタノオロチ退治をして、伊邪那岐の後を追って(鳥取県)八頭町大江郷に行き大国主を生み、また須勢理姫も生んで、倉吉市の清熊稲荷神社で根国での冒険をしてから、東山神社に移り終の棲家にした。
素戔嗚命は東山神社にいたときに、対岸の石上神宮に布都御魂(十握剣)を奉納した。素戔嗚命が辰韓から伯耆国に着いて(紀元前210年)紀元前180年頃に石上神宮はあったものと思われる。元禄時代まで波々伎神社は大原の里にあった。倉吉市大原には「大原ほうき」と言う地名があり、櫛稲田姫が「母来ませ」と叫んだ痕跡が残っている。

        社頭 社号標
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            鳥居
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         鳥居扁額
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         随神門兼神楽殿

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        大原神社由緒記

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         随神門
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          随神像
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          手水鉢
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           境内

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            拝殿

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           拝殿扁額
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          本 殿
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出典
『鳥取県神社誌』 鳥取県神職会
『日本歴史地名大系 32 鳥取県の地名』 平凡社

 

 

 

上里神社   鳥取県倉吉市清谷1217番

祭神 天津日高日子番能瓊瓊藝命、天児屋根命、天鈿女命

由緒 紀元沿革不詳、御鎮座の由来と云へるものに、古事記・日本書紀がある。記紀には「神倭天皇日向より東夷平定に山陽より給ひし際、伯耆氏稲飯命に神懸坐て曰く、神倭天皇東夷平けむと、皇軍を山陽の国に進め給ふ、汝稲飯長人吾神魂を三子の嶋に対へる地の朝日の只刺夕日の日蔭る清の地に神籬を真日向に建て、吾神魂を齋奉れ、三子嶋に対へる海も陸も平かならん、吾は久志振陀計に天津神床を遷せし天津日高彦神なり、神伴に天津児屋根命、天鈿女命座しきとの神勅を畏み齋神籬を建て仕奉りし天の神の宮なりき、この里を清谷と曰ひしは、天上の清麗美潔の神地を遷したまひし御神霊を齋き奉る里と云ふ意を以て清谷と命名せしと伝ふ。」

      まるで獣道のような参道
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    手水は大小二つ有りました

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参道石段を上がりきった所に随神門が有ります。

随神像は見当たりませんでした

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   髄神門から拝殿が正面に見えます。

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振り返ると左右に沢山の鳥居が並んでいました。

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        赤い屋根の拝殿

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           本 殿

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    境内社(案内がなく不明でした)

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2021年3月11日 (木)

高天原・天孫降臨ー6 伯耆国 蒜山説-4 波波伎神社・松崎神社

3月11日の誕生花   ハナビシソウ (花菱草)

花言葉:      私の願いを聞いて
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波波伎神社 鳥取県倉吉市福庭

由緒

神社明細帳にある鎮座の由来は以下の通り(式内社調査報告より引用)

伯耆神は國造り坐し、大国主大神の御子事代主大神なり、御鎮座の由來は天祖天照皇大神此豊葦原の瑞穂の國は皇御孫命の天壊無窮に可治國と、武甕槌、経津主の二神を出雲国に降し給ひて大国主神に国譲の諾否を問はせ給ふに、吾者不答我子事代主神答ふべきも、今 三穂崎(現 美保関)在りと、則天鳥船命を使はし召し来て問はせ給ふに、此豊葦原の國は皇御孫命の可治國と父を諫め位を退り國をば譲らしめ、己も天使の旨を諾ひ給ひ、天夷鳥命の子国夷鳥命に手組ましめ一ツ木の神玖四浮根に座し、船足を此の青柴の巻籬内にと踏方向けしめ來入座て宣曰、吾心清清志幾世福庭曾此青柴の彌継々に榮ゆく如く皇孫命の大御代は榮え大坐ませ、己命の神魂は皇孫命の近つ護の神とならむ、天榮手を青柴籬に拍誓て御隠座し、天栄手の宮なり、仁明天皇承和4年2月從五位下に叙す、文徳天皇齊衛3年8月正五位下に加ふ、清和天皇貞観9年4月正五位上に進む、延喜の制小社に列す、平城天皇大同3年(大同類聚方)に伯耆神は延喜式伯耆國川村郡波波伎神社当国國造祀神を祭る伯耆藥は伯耆国川村郡波波伎神社に傳ふ。


創建時期不詳。社名の「波波伎」は 「伯耆」であり、伯耆国造によって祀られた神社と考えられます。八重事代主命大国主命の御子神で、国土経営の為此の地巡事の時、当社西方「ワタラガヒ」の地に上陸され当地方の開拓殖産に務められた。その荒神魂は青柴の巻籬内(今槙ケ木の字を充てる)に鎮まった。これが当社鎮座の根源である。祭神・事代主神が国譲りの際に、「天逆手」を打って、青柴垣に籠ったという、その宮であるという。当社は、社名より考えると、伯耆国の総氏神的な地位にあつたと思われ、現在も、伯耆国造の子孫であると思われる「波々岐氏」「伯耆氏」を祖先とする「船越氏」104代以上継続して奉仕をしている。祭神「伯耆神」は、伯耆国造の祖先神「天穂日命」の奉齋する神「事代主神」であると思われる。

ここでは事代主命が国譲りの後にやって来た、天栄手(=天逆手?)の宮なのだとされています。

この時事代主命が上陸した地は、当社の西約800mにある「ワタラガヒ(渡上)」の地と呼ばれていますす。


『平成祭データ』には、「國土経営の為此の地巡事の時、当社西方「ワタラガヒ」の地に上陸され当地方の開拓殖産に務められ、天孫降臨に当っては父神にすすめて恭順潔く國土を奉献して誠忠を儘され」とあり、国譲り以前から当地の開拓に務めていたとしています。続日本後紀 承和四年(837)2月戊戌(5日)条に「伯耆国川村郡无位伯耆神…奉授従五位下」、文徳実録 斉衡3年(856)8月乙亥(5日)条に「伯耆国伯耆神…加正五位下」、三代実録 貞観9年4月8日丁丑条に「伯耆国正五位下伯耆神…正五位上」とみえる伯耆神に当社が比定されています。

神階叙位の各記事では、当社を指す伯耆神は常に伯耆国の筆頭に掲げられ、後に川村郡倭文神社が台頭し一宮になるまでは、伯耆国内最高位の神社であったと思われます。延喜式神名帳にみえる「伯耆国川村郡 波波伎神社」も当社に比定されます。

非常に分かりずらい場所で、公民館の案内を発見したときは「ホーツ」としましたが ここからも又 集落の人と一人も出会わず社頭に着くまで時間がかかりました。

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やっと たどり着いた 社頭 参道入口
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          鳥 居

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鳥居をくぐり参道と思しき道を登りましたが・・・
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手水舎を見付けた時は 座り込みました。
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水盤の形が珍しい 八角形 の三段になっていました。
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手水舎から一直線に石段から登ります。

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随神門が有りました。随神像は見えませんでした。
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随神門手前の狛犬
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随神門をくぐると右側に拝殿が見えます。
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       拝殿に架かる扁額
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拝殿左から見ると 左奥に本殿 右に拝殿が有ります
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本殿 基礎に使われている大きな一枚板石は福庭古墳の蓋石を使用したようです。
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境内社の稲荷社・荒神社は相当痛んでいました。
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境内社-1 祭祀が 不明
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境内社-2 祭祀が 不明
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境内社-3  祭祀が不明
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出典
参考文献
『式内社調査報告 第十九巻 山陰道2』 皇学館大学出版部
『日本歴史地名大系 32 鳥取県の地名』 平凡社
『鳥取県神社誌』 鳥取県神職会

 

 

松崎神社 鳥取県東伯郡湯梨浜町松崎566

《祭 神》 天穂日命 天津彦根命 活津彦根命 熊野豫樟日命

創立年代不詳
宿場町として栄えた松崎一円の氏神である 往古より宮坂に鎮座し松崎大明神と称した 社伝によると、山名(松崎)・南條(羽衣石)両城主の崇敬篤く、度々社殿の修復がなされている 元禄年間現社地に移転 近世は南方の久見まで巡幸があり、現在も久見の更田家の庭に御座石を残している 明治初年松崎神社と改称した 口碑によると「熊野豫樟日命御齢十二歳頭髪一つげしにあらせらる」 これにちなんで昔氏子の子供は背中ぞりを加えたと伝える 神輿は池田藩家老和田氏の寄進と伝えられる

天穂日命は誓約のときに生れた五神のうち二番目の神

 祭神の天穂日命は、天照大神須佐之男命が天の安河原で誓約をした時に生れた五神のうち第二番目に生れた神。天照大神の第二皇子で、高天原から派遣されたが、大国主命に懐柔され、三年たっても復命しなかった神。  出雲臣、土師連の遠祖にあたる。
(※)天照大神と須佐之男命が誓約をした時に生れた五神とは・・

  正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(まさあかつかちはやひあめのおしほみみ)
  天之菩卑能命(あめのほひ)
  天津日子根命(あまつひこね)
  活津日子根命(いくつこね)
  熊野久須卑命(くまのくすひ)


天穂日命(あめのほひもみこと)などを祭神とする、長い歴史のある松崎神社の宮司は現在 第12代目 の宮司で皇学館大学で神職階位を取得して、この道を選んだ女性の「渡邊香里さん」です。
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         社  頭
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        急な参道石段
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  石段を上り詰めた所に髄神門が有ります
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          拝 殿

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       拝殿に架かる扁額
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          本 殿
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出典
参考文献
『式内社調査報告 第十九巻 山陰道2』 皇学館大学出版部
『日本歴史地名大系 32 鳥取県の地名』 平凡社
『鳥取県神社誌』 鳥取県神職会

 

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🔹BASE店🔹
https://nekos.theshop.jp/items/40477642
🔹minne店🔹
【市松】https://minne.com/items/26816893
【麻葉】https://minne.com/items/26816987
【亀甲】https://minne.com/items/26817018
【うろこ】https://minne.com/items/26817007
🔹creema店🔹
【市松】https://www.creema.jp/item/11308498/detail
【麻葉】https://www.creema.jp/item/11308511/detail
【亀甲】https://www.creema.jp/item/11308527/detail
【うろこ】https://www.creema.jp/item/11308537/detail

2021年3月 4日 (木)

高天原・天孫降臨ー6 伯耆国 蒜山説-3 倭文神社

3月4日の誕生花           スイセン (水仙)

花言葉:      神秘、自己愛、自惚れ
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今回から「高天原 天孫降臨 蒜山説」

に関わる、小生が現地探訪した神社を

ご紹介します。

 

倭文神社   (しとりじんじゃ)

 鳥取県 湯梨浜町大字宮内754, · 

倭文は「しとり」と読み、古来存在していたしづおりという織物のことを指します。

創立年代は不詳ですが、社伝によれば倭文部の祖神建葉槌命に当地と関係の深い下照姫命を加えて祭神としたもので、他の五柱の神は大国主命の御子神か関係の深い神々です。下照姫命は大国主命の娘として生まれました。農業や医療の技術に長けており、大国主命と力を合わせて出雲の国づくりに励みました。そんなおり、天照大神は天稚彦という神を遣わし出雲の国譲りを要求しました。ところが天稚彦は下照姫命と恋に落ち、復命することはありませんでした。しかし下照姫命と天稚彦との幸せな日々は続かず、天稚彦は天照大神から遣わされたキジを射殺したことが原因で、天照大神により射殺されてしまいました。下照姫命は夫の死、国譲りによる出雲との別離などを乗り越え、一匹の海亀によりここ伯耆国宇野の海岸に導かれました。そのまま現社地に住を定め、当地で死去するまで安産の指導、農業開発、医療普及等に努めたとされています。氏子である宮内に住む人々は下照姫命の従者の祖先だとされており、さらに周辺にある亀石、宮戸弁天、出雲山といった場所は縁の深い地である、とされております。

神社入り口手前の 右道端に安産岩が有ります。 
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次に夫婦岩が有ります

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まだ山を登ると倭文神社の
社頭に突き当たります。

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                    境内図
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石段を上がると正面に白い鳥居が有ります。
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鳥居扁額には「伯耆国一宮倭文神社」と書かれている。

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鳥居をくぐると正面に随神門。左に由緒板が有ります。

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          髄神門

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          随神像

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          参道

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随神門をくぐり参道をゆく。境内はスギ、クスノキ、広葉樹などの巨木の森。右に大きな石が有りましたが何の石かわかりませんでした。

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国指定史跡「経塚」の説明板。

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直径3mほどの穴の周りをコンクリート柱で囲んでいる。

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境内に戻ると左に大きな手水舎があります。

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右に赤瓦屋根の社務所と御札授与所があり御朱印はここでいただけます。

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正面に薄黒茶屋根の横広い拝殿が鎮座しています。

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          拝殿内陣

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本殿 社殿は流造だが、鰹木は3本、千木は男千木という出雲系。御神紋は二重亀甲に三つ菱。方角は南を向いています。主祭神: 建葉槌命(たけはづちのみこと) 配祀:下照姫命 外五柱(したてるひめのみこと)

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     猫好きの方必見です

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       ☆NEW ARRIVAL☆

前回の和柄リボンが大変好評を頂きましたので、

    今回は和風模様のバンダナを作りました♪

   市松・麻葉・亀甲・うろこの4種類をご用意。



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バンダナにはキラキラのラインストーンを3個✨

ブラックで縁取りシャープなイメージに仕上げました

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    【和柄バンダナ】¥1650(税込)

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【亀甲】https://minne.com/items/26817018
【うろこ】https://minne.com/items/26817007
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【麻葉】https://www.creema.jp/item/11308511/detail
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